異世界との連絡
いつまでもこうして草原で大の字になって寝っ転がっていたかった。
「ねえゼロ」
「なんだ?」
幾度となく交わしたルシルとの会話。
「どうする、これから」
「そうだなあ……」
ここがどこかは判らなかった。
前に拠点としていた草原と似ているようで、似ていないようで。
周りに見える風景は異なっていたし、近くに山や森は見えなかった。
「このままだと野宿になってしまうな」
「そうだね。夜は寒いかなあ」
「どうだろう。俺は温度変化無効のスキルがあるからな。ルシルが凍えない程度に俺の身体で温められたらいいんだけど」
「それは最後の手段かな~」
軽い笑いと共に、ルシルは拒否する。まあ俺も冗談で言っていたからな、真面目に捉えられると苦しい。
この温度感、空気感、お互いの距離感が俺にとっては心地いい。
一昼夜、このままでいてもいいかな……。
そう思えていた頃だった。
「ゼロ」
ルシルの声が緊張を帯びている。
俺はゆっくりと上半身を起こして辺りをうかがう。
「なにか……近づいているのか?」
「なんとなく、そう感じるだけだけど」
神経を尖らせるが、俺の敵感知はなにも感知しない。
俺に対する敵意は認められなかった。
「ゆっくり……」
「うん」
俺は起き上がってから剣を抜いて身をかがめる。どの方位から攻撃があったとしても、全身のバネを縮めている状態だからな、すぐさま飛び出せるように構えた。
ルシルも同じように、起き上がって左手を地面に添える。右手を自由にして即時対応できる体制を作った。
「明るいからな、俺の赤外線暗視も使えないみたいだ」
「肉眼では遠くまでは見えないよね……」
「ああ」
どの方角からなにが来るのか。
俺たちは神経を尖らせる。
「しまっ!」
目の前だった。目の前の空間が湾曲する。
景色が渦を巻いてねじ込まれていく。
「異世界への扉か!」
「ゼロ……」
「ルシルは俺の後ろに!」
「う、うん」
体制を整えつつ後ずさる。渦の中心が濃くなって、渦自体が密度を増していく。
「め、目が回りそう……」
ルシルの声が俺の気持ちも代弁してくれる。確かに気持ちが悪くなりそうだった。
「なにか……来るっ!」
渦の中心に塊ができはじめる。凝縮され、集まって、なにかの形になっていく。
「なんの形だ……人間……?」
ポンッ!
卵が生まれる時のような音がして、空間の渦からなにかが飛び出してきた。
「あったたた……ん?」
飛び出してきた奴は、犬耳の少女で、くりくりっとした目をこちらに向けている。
ぺたりと座り込んだ状態で、恥ずかしそうに握りこぶしで自分の頬をなでた。
「あはは、やっと出られたなんっ!」
「おっ、お前っ!」
「えへへ……」
犬耳の少女は、照れ隠しをするように笑いながら立ち上がる。
「ようやく見つけたなん、ゼロちゃん、ルシルちゃん!」
「ロイヤ!」
「ロイヤちゃん!」
空間の渦から出てきた犬耳の少女は俺たちに抱きついてきて、三人で草原の中に倒れ込んだ。
「どうして?」
「それはねルシルちゃん、村のみんながロイヤを送り出してくれたなん」
「みんなが? でもロイヤちゃんはバウホルツ族の族長でしょ、村を出ちゃったらみんな困るんじゃ」
ルシルの問いにロイヤは首を振る。盛大に首を振る。
「大丈夫なん! ロイヤは族長だけど、村長じゃないから村は村長に任せて、ロイヤはルシルちゃんのところにやってきたなん!」
「そ、そうなんだ……」
理解するには難しいが、でもそういう事なんだろう。
バウホルツ族の村は精霊界で立て直しを図っているはず。精神的な支柱となる族長はいた方がいいに決まっている。
だが、それをもってしても、彼らはロイヤを俺たちの世界、地上界に送りたかったという事だ。
「なあロイヤ」
「うん、なんなん?」
「もしかしてお前、厄介払いされ……ごふっ!」
ルシルのこぶしが俺のみぞおちに命中する。
「広い世界、見聞を広めてきなさいって事よね、ロイヤちゃん」
「そうなん、長老もそう言ってたなん! さすがはルシルちゃんなん!」
「でしょ~? ね、ゼロ。そういう事だから」
無邪気に笑うロイヤと、なにかを見透かしたような視線を投げるルシル。
「は、はい……」
俺はそれだけ答えるのが精一杯だ。
日はまだ高い。そよ風が俺たちをなでて過ぎ去っていった。