魂の落ち着く所
俺たちは冥界から戻ってこれたみたいだ。まだここが地上界かどうかという確証はないが、真っ暗な精霊界とも薄気味悪い冥界とも違っていそうだからな。
「まあ、俺も精霊界とか冥界とか、全部見てきたわけじゃないからな、ここが地上界というか俺たちの元々いた世界かどうかは判らないけどさ」
「そうだね、それは私も判らないや。もしかしたら噂に聞く天界とかかもしれないし」
「ぶへっ!?」
思わず吹き出してしまったが、そうか、天界か……。
「なくはない、かな……」
言われてみれば、だな。ちょっと不安になってくる。
「ゼロ、もう身体は大丈夫そう?」
「あ、ああ。魂が肉体から離れてしまう感覚っていうのも奇妙なものだったがな。それにしても、処し方なんてどうして知っていたんだ?」
「そうね、どう説明したらいいかなあ」
ルシルは思い出すように視線を逸らした。
俺たちはもうある程度身体を自由に動かす事ができる。さっきまでの、身体が反応しないあの感覚はもうない。
草原の中、二人は座りながら寄り添って話をしている。
日は高いがそれ程日差しは厳しくなく、時折草原を吹き抜ける風が心地よい。
「そうね、私は器の身体を渡り歩いてきたから、魂の移動も経験しているのね」
「あ、そうか」
「その時感じたのが、なんて言うかな、あの独特な浮遊感というか、身離れする感じ?」
「うんうん」
確かに自分の身体から抜け出すというか、脱皮する時の感覚に近いのだろう。
脱皮なんてした事ないけど。
「冥界から戻ってきた時に、器と魂のつながりが不安定になっていて、身体が思った通りに動かなかったのよ」
「なるほど、夢から覚めた時にあるような感覚に近かったな。自分の身体が自分のいう事を聞かないっていう、あの」
「そうそう、そういう感じ? 多分、世界を移動した時に魂が冥界に引き寄せられてしまったのね。だからつながりが弱くなっていたのかもしれない」
「そうかあ。俺は魂が抜けた事はなかったからな、驚いたよ」
「私も初めの時はそうだったかな。ゼロが私の本体を滅した時」
ルシルは俺に討伐された魔王だった。俺がルシルの肉体を滅ぼした時、ルシルは魂の移動を行って生をつなげていたんだ。
今はバイラマの身体を使って、魂をつなぎ止めている状態。
「そうだったな。こういった事は、経験者がいて助かったよ」
「でしょ? 人間じゃあ滅多にできない事だもんね」
「確かにな」
俺たちは肩をすくめて小さく笑う。
「あの時は結構ゼロも無茶してたよね」
「王国に仕える勇者だったからな。仕方がないと言えば仕方がなかったんだが……」
「単独で魔王軍に立ち向かうって、どういう気持ちだったの?」
「初めはそれなりの陣容は整えていたんだけどな、あっという間に崩壊して、残ったのは俺一人だったってだけだよ」
「でも、それで私たち魔王軍はやられちゃったんだけどね~」
ルシルのあっけらかんとした言葉に俺は頭をかく。
「済まないと思っている」
「そう?」
ルシルは座ったままの状態で俺に頭をもたれかけさせた。
「私ね、あの時もう身体の自由が、ううん、魔王としての力の使い方ができなくなってきていたんだ」
「そうなのか……」
「うん。あの頃ね、私の統率力のなさがいけないんだと思うんだけどさ、魔王軍の中に反乱が起きたりしてね」
「ああ、確かに分裂していたっていう話は聞いた事がある。それもあって、俺は各個撃破ができたというのもあるんだが、そうか、反乱がなあ」
今思えば、魔王軍の幹部が前線に出ていたりだとか、単独行動を取っていたなんていう事もあった。
だから本陣へ、本拠地へと進めたのかもしれないな。
「それが今じゃあ、魔王を倒した勇者が王国を解雇されて、その勇者が魔王とこうして旅をしているなんてな……」
思わず笑いがこみ上げてしまった。口をつぐんでこらえるのに必死だ。
「どうしたの?」
「いやなに、いろいろあったけど、今は今で結構面白いって思ってさ」
俺が笑いを噛み殺す姿を見て、ルシルもつられて笑いそうになる。
「ふふっ、そうだね。私もまさかこんな風になるとは思っていなかったよ、魔王でいた時には、ね」
「そうだな」
お互い顔を見合わせて、つい笑いが漏れてしまう。
考えてみれば他に見ている奴もいないからな、我慢する必要なんてなかったんだ。
「ぷっ、ははははっ!」
「ふふふふ」
心を解放する。昔の立場はどうであれ、今はこうして一緒にいられるんだ。
お互いの肩が笑うたびに触れ、存在を確かめ合う。
俺たちの笑い声は、草原を渡る風に乗って消えていった。