残る命の長さは
ドラクールの肉体は既に存在しない。粉のような物になって消えてしまった。
「ゼロ、バラバラになったら消えちゃったよ、ドラクール」
「長い年月に肉体そのものは崩壊していたんだろうな。それをドゥエルガルたちの魂から力を吸収する事でどうにか保っていたのだろうが、その回復力も得られなくなれば壊れた部分を治せなくなったんだろうな」
「ただのヴァンパイアだったらそうはならなかったんだろうね」
ルシルは銀枝の杖を振り回す。空気がそれでいくぶんかき回されたのだろうか、なんとなくだがドラクールの肉体だった粉が散ったような気がした。
「そうだな、ヴァンパイアという存在に加えて冥界で肉体を持っていた事が、結果として災いを生んだのだろうな。自分の回復力や能力以上の力を得てしまった、得る方法があったという事がな」
「うん。だとしたら私たちもドラクールみたいにやろうと思えばできるんだね」
「ふむ……。ルシルは勘違いする程の無限の力が欲しいか?」
ルシルは俺の目をじっと見る。そして小さく笑った。
「そんなの、冗談でも欲しくないわ。私は自分の力だけでも持て余し気味なのに、永遠とか無限とか、考えただけでも大変だし、面倒よ」
「そっか」
でも俺はどうなんだろう。ルシルの身体は破壊と創造の神、バイラマの物だ。それに魔王としての強大な魔力も持っている。それからしても俺と違って老化はかなり遅いだろう。
そう考えた時、俺は人間の身である事を受け入れられるだろうか。
老いを感じた時、俺は長寿の魅力にあらがえる事ができるだろうか。
「ん?」
あどけない顔で俺を見るルシルの頭をゆっくりとなでる。俺の手がルシルの頬に流れると、ルシルは目を閉じて俺の手のひらの感触をその頬で確かめるようにすりつけてきた。
「ルシル」
「なあに?」
ルシルは目をつぶりながら返事をする。長い黒髪がさらさらと俺の手に触れた。
「俺はきっとルシルより先に老いて死ぬだろう」
ルシルはなにも返事しない。
「どれだけお前と一緒に過ごせるかも判らない。人間の生だ、数百年単位までは無理だし、あと百年だって生きていられるか判らないんだよ」
まだ大人の身体になっていない俺だとしても、その先に死が待っている事くらいは理解できる。それが三百年以上も生きているルシルと比べてとても短いという事も。
「でもさゼロ」
ルシルは目を閉じたまま。
「冥界にやってくる魂を取り込んで、無限の時間を生きようとは思わないんでしょ?」
見透かされたような一言。
その手段を使えば確かにドラクールのように、長い期間いきられるかもしれない。
だが俺はそこまでして生きていようとは思わない。
「私のために望まない事をするのなら、それは私の望む事ではないわ」
俺は死者の魂を食らってでも長生きしようとは思わないが、ルシルと共に生きるためならその外法に手を染めるのか、そう考える事自体が俺の中に迷いがある証拠だ。
だが、ルシルを理由にして俺が長生きしても、それはルシルの望む事ではないと断言されてしまった。
「ありがとうルシル」
俺は自分の心の弱さをルシルに見られてしまったような気がして、恥ずかしく、申し訳なく思う。
ルシルは俺の手を頬に当てながら、小さく首を振る。
「いいよ、ゼロ」
「ああ……」
俺は手をルシルの首に、そして背中に這わせ、ルシルの身体を引き寄せた。
腕の中でその身を預けるルシルを、俺はそっと抱きしめる。
「ルシル」
俺は少し身体を緊張させてルシルに呼びかけた。
「うん」
落ち着いていられない理由は足下にある。城の床が小刻みに揺れたのだ。
ヴラン城が、持ち主のいなくなった城が崩壊を始める。その音が響き始めた。