はりつけの後に
ドラクールの身体には至る所に氷の槍が突き刺さっている。腕は初めに斬り落とされているし、顔面の半分や肩や脇腹の皮膚も剥ぎ取った状態だ。
「ひ……ひぃ……」
もう意味のある言葉を口にする事ができないくらいに疲弊しているドラクールが、床に這いつくばっている。
「ゼロ、もういい加減終わりにしてあげたらどうかな」
ルシルが俺の腕に手を添えた。俺の意識が冷静さを取り戻してくる。
「ふぅ、そうだな。もうこいつは抵抗も反抗もできないし、これでドゥエルガルたちの魂が満足してくれればいいんだが」
「大丈夫よ、もう浄化されて冥界には残っていないから」
「ああ……」
ドゥエルガルたちの魂は既に解放され、後はそれぞれの想いによって消滅するのか次の生へと変わるのか、それとも別の行動に移るのかが決まるらしい。
俺たちはそれを見守るだけだ。
もう彼らを縛る者はいない。
「理不尽にも自分の意思とは異なる事を押しつけられているドゥエルガルはもういない。それなら……」
俺はドラクールの胸ぐらをつかみ持ち上げる。
そのまま壁に押しつけ、胸に氷の槍を突き立てた。その氷の槍はドラクールの身体を貫通して壁に突き刺さる。
俺の手を放しても、ドラクールは壁に貼り付けられたままになっていた。
「どうするのゼロ?」
「所詮魔力で作ったとはいえ氷は氷。溶け始めている物もあるからな、その内全て溶けてなくなるだろう」
「そうだね。で?」
「今、ドラクールを壁に貼り付けている。そして床には氷の刃を敷き詰めた」
「うん」
氷の刃は鋭利な部分を上に向けた状態で、その上に乗った物は自重だけでも切り裂かれ、細断されてしまうだろう。
「ここは冥界だ。他の世界で死んだ者たちの魂が行き着く所」
俺たちの周りには、青白い光を放つ塊がいくつも浮いている。
それらは捕らえられていたドゥエルガルなのか、新たに冥界へ落ちてきた者なのかは判らないが。
「もし、仮にドラクールがドゥエルガルたちもそうだが、誰か一人にでもいい事をして、誰か一人にでも恩義を感じる事があるのであれば」
「どうなるの?」
「俺の作った氷は霊力に反応するように仕込んである。魂の一つが床に敷き詰められた氷の刃に触れれば簡単に解かす事ができるだろう」
「へぇ~」
俺の仕掛けはこうだ。
魔力で作った氷は同じような力を持つ魂に反応して溶ける。
「床の氷を溶かせば、ドラクールを壁に打ちつけている氷の槍が溶けた時、ドラクールは床に倒れるが命は助かるかもしれない」
「でも、床の氷、刃が溶ける前に氷の槍が溶けたら……」
「そうだ。ドラクールの身体は千の破片となって切り刻まれる事だろう」
まあ、そうはならないんだがな。
「ドラクールよ、ここはお前の過去に全てを委ねようと思う。聞こえるかドラクール」
俺が話しかけるがドラクールは口をパクパクさせるだけで反応がない。
「仕方がないか。Nランクスキル発動、簡易治癒。これが最後だぞ」
ドラクールの目、と言っても片目だけだが、それに少しだけ知覚の光りが戻ってきた。
「あ、うう……」
「いいかドラクール、お前が今まで行ってきた事で、魂たちが恩義に感じている事があればお前は助かる。一人でも、一つでもお前が魂に施しをしていたのであれば、だ」
「なに……」
「魂の霊力であればお前を回復させる事もできるし、床に敷き詰めた氷の刃を解かす事も容易だ」
「で、では……」
「魂の中で一人だけでもお前を助けようとする者がいれば、お前は助かる」
「ふぁっ! しょ、しょれなら……お、おい! 冥界の伯爵ドラクールが命じる! 魂どもよ、儂を助けるのじゃ! こ、この床の刃、それから儂を助けるのじゃ! 誰でもよい!」
ドラクールを回復させすぎたか、それとも奴の生に対する執着が力を呼び起こさせているのか。
奴は辺りに漂う光の球に懇願する。
「頼む、儂を助け……」
そこへ一つの魂がドラクールの近くに寄ってきた。
「お、おお」
ドラクールは媚びを売るかのような顔で魂に話しかける。
「そ、そなたは、儂が救った魂じゃろう? よいぞ、儂を助けるのじゃ!」
『ドラクール様』
魂から意識が俺たちにも伝わってきた。
「なんじゃ」
『ドラクール様が我らを冥界に留めくださった事で、我らは長い年月世界を知る事ができました』
「おう、いろいろな事を見聞きできたのは、儂がそなたらを共に連れていたから……じゃろう?」
『おっしゃる通りですよ、ドラクール様』
魂はドラクールの周りを漂い、近くなったり遠くなったり、フワフワと浮かんでいる。
「では、この床の氷を溶かして、儂を助けるのじゃ。さすればこれからも儂がそなたらを永遠の時を過ごせるようにしてやるぞ!」
『永遠の……我らの中にも不老長寿を望んだ者はおりましたので』
「そうじゃろうそうじゃろう!」
『ええ、永遠は……』
魂は人間、いやドゥエルガルの形になって浮かんでいた。半透明の姿で。
『永遠の苦しみはもうたくさんです』
ドゥエルガルの魂は、ドラクールを突き刺している氷の槍に触れた。
一瞬にして氷の槍が溶け、ドラクールは自由の身になる。
「ほえ?」
身体が自由になった事で、ドラクールの肉体は床に落ちていく。
「よ、よせよせよせ! これでは刃に刺さささ、さくっ!」
ドラクールの身体は床の刃の上に乗り、自重でじわじわと細切れにされる。
「ほ、ほしょ……ちべた、い……」
それがドラクールの発した最期の言葉だった。