かなぐり捨てる恥も外聞も
俺は魔力を全身に巡らせる。
「Sランクスキル発動、超加速走駆……」
「なっ!?」
俺は瞬時に間合いを詰め、ドラクールの両腕を叩き斬った。
「ば、馬鹿なっ、儂は知っておるぞ、貴様はランカのエナジードレインで能力が低下している事をっ!」
「だからどうした」
「そんな、Sランクのスキルなど発動させる事なぞできる訳が……」
両腕を失ったドラクールにルシルを捕まえている事はできない。俺は左腕でルシルを抱きかかえると、そっと俺の背後に立たせる。
「だが使えたぞ。現実を見るのだなドラクール」
「な、な……」
「ドゥエルガルたちの最後の力が俺にかかっていた枷を解いてくれた。あれだけの霊力、失われた物を回復させる力だ。たかがエナジードレインごときではドゥエルガルたちの霊力にはあらがえなかったという事だよ」
「そ、そんな……」
「判らんのか? 彼らの力はお前だってよく知っているだろうに」
俺はドラクールの額に手を当てると、奴の頭をつかんで壁から引きずり出す。
「いだだだっ!」
「これくらいで音を上げるとは、彼らの霊力を失ってからはただの老体だな」
「な、なにぃ……」
ドラクールは急激に声がしわがれていく。その皮膚も乾燥し、しぼんでいった。
「見るがいい」
俺はドラクールの頭をつかんだまま、部屋の端にある姿見の鏡の前に立たせる。
そこに映る自分の姿を見たドラクールは、皺で垂れ下がったまぶたを大きく開きながら口をパクパクと開いていた。
「は、ふが……」
しゃべろうとするその口から歯がこぼれ落ちる。
「やはりお前は生き過ぎた」
「しょ、しょんなぁ……」
力なくうなだれるドラクール。かつての威勢はもう無い。
「……いいだろう、殺すがよい。儂もこれで覚悟を決めた……」
俺はドラクールを見る。へたり込んだ奴は座りながら己の身を嘆いていた。両腕が肘から下で切り落とされている状態だ。床に手をつく事もできない。
「ゼロ」
ルシルは俺の後ろに寄り添ってくれる。その手が俺の背中に優しく添えられていた。
「さあ、殺せ、殺すがよい。勇者ゼロよ、この儂、冥界の伯爵ドラクールの命を絶つのじゃ……」
哀れを通り越して情けない。そんな感情が俺の中にわき上がってきた。
「殺せ……」
「ふぅ……」
俺は一つ大きなため息をつく。
「どうした、殺さぬのか?」
「そんな事はない。望み通り殺してやる」
「そうか……」
「だがな、今までお前のしてきた事から考えても、簡単には殺さん」
「へ?」
涙も枯れ果てたような顔で俺を見上げるドラクール。歯の抜けた口を中途半端に開き、間抜けな表情をしていた。
「お前がドゥエルガルたちに行ってきた事を考えてみろ。死してなおその身体を引き裂かれ、えぐられ、お前の力として取り込まれたのだぞ。それは生きながら切り刻まれるよりも更に苦しく、痛いものだっただろう」
「ひ、ほへ……」
「そうだろうな、なんせ死は既に訪れているのだから。致命傷を負っても死なないのだから、その痛みは終わりを迎える事もない」
ドラクールは悟ったのか、顎をガクガクさせながら後ずさりを始める。
「お前は彼らの目をえぐってそれを食ったな」
「ひ、ひいっ!」
「Rランクスキル発動、氷塊の槍。さあこれで刺し貫いてやろう」
俺は氷で作った槍を極限まで細く尖らせ、それをドラクールの左目に突き刺す。
「ひぎぃぃぃっ!!」
ドラクールは腕を斬り落とされているから目を手で押さえる事もできずにもだえ、転がる。
赤黒い体液が左目からこぼれ落ちていく。
「Nランクスキル発動、簡易治癒。どうだこれで少しは癒えたか?」
俺は氷の針を突き刺した状態の左目に治癒をかける。左目は元には戻らないが氷が刺さったままの状態で傷がふさがっていく。
「なっ、はふっ……」
「お前のしでかした事がこれしきで終わるとは思っていないよな?」
「ひ……」
俺は剣を納めると、両手をよぼよぼになったドラクールに向ける。
「Sランクスキル発動、風炎陣の舞。全身焼けただれるその痛みを知れ」
「ひぎぃっ!!」
俺の両手から放たれた炎の渦がドラクールを取り囲み、炙っていく。皮膚は焼け、体液もすぐに蒸発して肌が炭化していく。
「Nランクスキル発動、簡易治癒。死なない程度に治してやろう」
「ひ……ジェ、ジェロしゃま……たしゅけ、て……」
懇願する片目のドラクールは、恥も外聞も捨てて俺にすがりつこうとする。
ドラクールを見る俺の目は、きっと冷たくさげすんだものになっていただろう。
「嫌だね」
俺はそう答えてドラクールの右足首に氷の槍を突き刺した。