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最後の土産

 ドラクールは壁の中、いや、この城の中を自由に行き来できる。そう確信した。

 それも、部屋をではなく、壁や床も自由に行き来できるのだ。


「だからか、分散したドゥエルガルたちを短時間で吸収できたのは、壁もなにもすり抜ける事ができるからなのだな……」

「ほうほう、真実を見る目は曇っておらぬようじゃな、小さき者よ」

「この城、ヴラン城自体がお前の身体、という訳か」

「ハーッハッハッハ!」


 壁から半身を出してルシルをつかんでいるドラクールが大声で笑う。


「冥界じゃからな、これくら不思議な事でもあるまいて」


 冥界はなんでもありかよ。

 だが今はそんな事にこだわっている場合じゃない。ルシルは捕らえられ、俺は左足に重傷を負っている状態だ。

 俺自身唱えられる治癒のスキルは、Nランク(ノーマル)簡易治癒ライトヒーリング程度。この重傷を治すには時間がかかる。


「ほうほうこれは儂の愉悦にうておるのう。さかしき口をきいておった者が、一言も発せぬとは、いや愉快愉快!」


 俺は痛みよりも憎悪によって、気が付かない内に唇を噛みしめていた。

 口の中に血の味が広がる。


「大切なものを失うその悲しみ! 嘆きっ! 絶望っ! それこそが儂のかてとなるのじゃ!」

「くそっ……」

「悔しそうじゃのう。小さき者よ、どれだけこの小娘を大切に思っておるかが儂には手に取るように判る、判るぞぅ!!」


 そう言いながら高らかに笑うドラクール。

 その鋭利で長い爪がルシルの首元をなでまわす。深くはないだろうが、その爪の動きに合わせてルシルの首筋に血のにじむ痕が残る。


「この小娘を壁の中に引きずり込み、息絶えさせてもよいが……ふむ」


 ドラクールは壁から手や顔だけを出している自分の姿を見て、なにか面白そうな事でも思いついたかのように下品な笑みを俺に向けた。


「そうじゃ、小娘を壁に取り込んでみるのも一興いっきょうじゃのう! さすれば剥製や彫像のように、壁から突き出させた姿でもがき苦しむ様を楽しめるというものよ!」

「こ、この外道が……」

「ほうほう、なんじゃな? 儂も小さき者が言うように歳経ておるでのう、耳が遠くなったやもしれぬわ! ぶわーっはっはっは!」


 くそっ、いいようにもてあそばれて、俺はどうする事もできないのか……。足の傷さえ無ければ、超加速走駆ランブーストで一瞬で間合いを詰めて、奴の爪を綺麗に切り落としてやるのに。


「ハーッハッハッ……は?」


 ドラクールから笑い声が消えた。

 俺は緊張を解かないまま、周りに意識を向ける。


「ばっ、馬鹿なっ、ありえぬっ!」


 ドラクールがあからさまに困惑していた。


「うっ」


 ドラクールの驚きが爪に伝わったのか、ルシルの首に爪が少しめり込んだ。

 俺の心の中にドラクールを憎む気持ちが膨れ上がってくる。


「いいだろう、俺の足がどうなろうとルシルを助ける事ができればそれでいい。こんな外道の毒牙にかかるよりは、俺の身が滅んだ方がマシというものだ」


 俺は足に力を入れ、その力が素直に伝達される事に少なからず驚いた。


「足が……動く?」


 俺の周りに青白い光りが漂っている。


「ま、まさか……」

『ゼロさん……』

「ドゥエルガルたちか……お前たちはもう解放されたのではないか……」

『ええ、おかげさまで。ドラクールのくびきから逃れる事ができました』

「ならなぜここに……まだここに存在しているんだ……」

『それは……我らの霊力ではドラクールを止める事はできません』


 ドゥエルガルたちの魂は、その思念を俺に伝えてきた。ルシルの思念伝達テレパスが発動しているのか、それともなにか違う力が働いているのか、それは今の俺には判らないが……。


『我らの霊力、ゼロさんの傷を癒やす事ならできますので……』

「傷を? それで痛みが引き、動けるようになったというのか」

『はい……我らの霊力、せめてもの礼としてお使いください……』


 ドゥエルガルたちの魂の光が俺の身体を覆う。

 傷が癒やされ、身体の奥底でがんじがらめに固められていた鎖が解かれていくような気持ちになった。


「こんな晴れやかな気分はいつぶりだろうか……」


 俺はドゥエルガルたちの霊力を分けてもらい、身体の中から力が湧き出してくるのを感じる。それが俺の中で眠っていたなにかを目覚めさせる、そんな気がした。


『我らにできるのはこれまでです……』

『どうか、本懐を遂げてください』


 俺に力を分け与えたドゥエルガルたちは、徐々にその明るさを弱めながらも、天井をすり抜けて消えていく。空中に溶けるような消え方ではなく、きっと城を抜け出して空へと登っていくのだろう。

 その霊力を受け取ったからだろうか、不思議とそれが俺には理解できた。


「そ、そんな……亡霊どもが、亡者どもが……自らの意思で、だとっ……」


 ドラクールが喘ぎながらつぶやく。


「命を、魂をないがしろにする輩には判るまい」

「くっ、この小娘がどうなってもよいというのか! 抵抗すればこの細首を掻っ切ってやるぞ!」


 ドラクールの右腕が持ち上がり、指先が揃えられる。

 その先にはルシルの白い首。


「言わん方がいいぞ、できもしない事はな」


 俺は全身の魔力を集中させた。

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