すり抜け上手
大広間を赤々と照らす炎。爆発によって四散したマントから、青白い炎が立ち上り、そして空中に消えていく。空気中に溶けていくかのように。
「うぬっ、儂の集めた霊魂どもを、よくも消し去ってくれたなっ!」
「ほう、それだけ眉間に皺を寄せるとは、見た目だけは若いようだがその中身は歳相応の皺に覆われているようだな」
「なにおうっ!」
いきり立つドラクールに対し、俺は冷静に切り返す。
「冥界の伯爵ドラクールよ、お前に付与された力はこれにて失われた。ドゥエルガルたちの魂も安らぎを得る事だろう」
「くっ……」
マントに蓄えたドゥエルガルたちの霊力が解放され、捕らえられた魂たちは次なる世界へと飛び立っていく事だろう。
眉間の皺だけではなく、こめかみに血管を浮き出させ歯ぎしりをするドラクールが、目を充血させながら俺をにらむ。
「よくも、よくもっ!」
「これで終わりではないぞ」
「なんっ……だと……」
「今捕らえられた者たちは解放されたろうが、ここでお前を倒さない限りまた同じような悲劇が繰り返されるだろう」
俺は剣先をドラクールに向ける。
「いい加減お前も長い時間を生きたはず。そろそろお前の生も終わりを迎えるべきではないかな」
「なにを小癪なっ! 若造のくせに生意気を言いおってからにっ!」
「そう喚きなさんなご老輩。頭の血管が切れてももう回復できる霊力はないのだろう?」
「うんぬ……、言わせておけばっ!!」
ドラクールは床を蹴り、俺に向かって突き進んできた。
俺は難なく躱し、ドラクールが俺の背後に回らないよう態勢を整える。
だがドラクールはなぜか俺の右側から突然現れた。後ろに突き進んだはずなのに俺の横から現れたのだ。
「ちぃっ!」
まともに受けては奴の鋭利な爪で怪我を負うかもしれない。そう思った俺は、前方に転がってこれを避けた。
はずだった。
「なにっ!」
俺が受け身を取りながら前方へ転がった所にドラクールが出現する。あたかも初めからそこにいたかのように。
「ふははっ!」
ドラクールの爪が俺を襲う。剣で払いのけて難を逃れるが、今度は俺の背中を奴の爪が引っ掻いた。
「ゼロっ!」
俺が攻撃を受けたからだろう。ルシルが心配そうな声を上げる。俺の戦いを見ていたルシルですら、俺が傷を負うまでなにが起きていたのかを理解できていないようにも思えた。
だがルシルの声自体が、ドラクールの気を引くきっかけにもなってしまう。
「危ない、ルシルっ!」
またどこからともなく出現したドラクールが、今度はルシルに飛びかかる。ルシルは銀枝の杖でかろうじてそれをはねのけた、俺にはそう見えた。
「きゃぁっ!」
しかしルシルは横から現れたドラクールの蹴りを腹に食らって派手に吹き飛ぶ。
「ルシルっ!」
俺が駆け寄るよりも早くルシルへ襲いかかるドラクール。
俺は少しでもルシルとドラクールの間に入ろうとしてこの身を投げた。
「ぬぐっ!」
ドラクールの爪が俺の足を襲う。それも後ろ、またしても後ろからだ。
俺の左足には、膝裏からふくらはぎにかけて、ドラクールの爪で引き裂かれた筋ができていた。
一拍おいて、そこから大量の血が噴き出す。
「ゼロ!!」
ルシルの悲鳴が俺の耳に届く。
膝裏、それも腿に近い部分からおびただしい血が流れ出す。
「奥の血管までやられたか」
左足に力が入らない。一気に大量の出血をしたものだから、一瞬意識が飛びそうになるくらいだ。
俺は左足を引きずりながらも、どこからともなく現れるドラクールの爪を警戒する。
「ルシル、壁を背に!」
「う、うん……」
ルシルは部屋の壁にもたれかかり、俺は剣を振りながらドラクールを探す。
そう、探さなくてはならなかった。
奴は俺たちの目に見える場所にいなかったのだ。
「奴め、どこに消え失せた……」
部屋は広いが開いている扉はない。城の奥にある部屋だ、窓なんて明かり取りの天窓すら存在しない密閉された部屋。
「いなくなるはずはない……どこだ、どこに行った……」
「きゃぁっ! いやっ!!」
それこそ血眼になって辺りをうかがう俺の後ろから、ルシルの悲鳴が聞こえた。
「なっ!?」
ルシルは壁から突き出した腕に捕らえられていたのだ。
そう、身体の半分が壁に埋もれている状態のドラクールに。
「壁から腕が生えている……だとっ!」
壁にもたれかかっていたルシルは、この状況を考えれば一番取ってはいけない行動だった。
これが事前に判っていれば、だが。
「くくく……」
壁から顔がゆっくりと現れる。絶対の勝利を確信したかのような笑みが貼り付いた顔。
それが水面から出てくるかのように、壁から浮き出てくるのだ。
「こいつ、壁の中を……」
「今更気付くとは、無知とは罪深いものよのう、くくく……」
壁から顔と腕だけ突き出た状態でドラクールは口角だけ上げていやらしく笑う。