もだえ苦しむマント
マントの内側には無数の顔が貼り付いていた。
「マントの中で……うごめいている。この顔は……ドゥエルガルたちか!」
「ほうほう、見知った者でもいたかな?」
「白々しい物言いだな。俺たちがこいつらと共にこの城へ入ってきた事は把握していただろうに」
「はてさてどうかのう。儂が知っていようがいまいが、小さき者には関係なかろうて」
口調は年老いたものだが、見た目は若い男のドラクールが楽しそうに笑う。
「こやつらは儂の所有物じゃてな、勝手に持ち出されては困るというものじゃ」
「所有物だと! 勝手な事を言いやがって!!」
俺は剣を構えて間合いを計る。
「こいつらを解放しろ。それが俺の望みだ」
「いきなりなにを言うかと思えば、勝手な要望じゃのう」
「そうでもないぞ。俺の臣下が治める村の民、その魂だからな。俺の国民も同然だ」
「それは精霊界や地上界での話であろう? 冥界には冥界の規則というものがある。現世での掟には縛られぬよ」
「だからこいつらの魂は解放しないと?」
俺がにらみを利かせても一向に怯む様子はない。それどころかどこか楽しんでいるようにも見える。
「そうはいかんのじゃ。こやつらの能力、魂の力は儂を若く、強くしてくれるからのう。手放せぬ強壮剤のようなものじゃて」
ドラクールはマントをひるがえしながら嬉々として俺たちに説明する。
「お前、人の命をなんだと思っている……」
「小さき者、勇者ゼロよ。判っておるだろうが民というものは支配者がいてこその生活があるのじゃ」
「なにを……」
「人というものは意志が弱い。じゃから決断できる者が指示を出し、道具として使う。民衆も使われる事でその身を保持する事ができる」
ドラクールはマントに貼り付いている顔の一つに手を伸ばし、目に指を突っ込む。
「よせっ!」
「まあ見ておれ」
俺の制止も意に介さずに、ドラクールは亡霊の目玉を一つくりぬくと、それを自分の口に運んだ。
亡霊の目玉はドラクールの口から喉を通過し、飲み込まれていった。
「なんて事を……」
目をえぐられた亡霊の顔は、初め苦悶の表情をたたえていたが、その後目玉が復活するにつれて顔の歪みも治まっていく。
「こやつらは分裂させればくっつくまでバラバラじゃが、儂が食すとその部分は不思議と復活してくるのじゃ」
「復活……」
「そうじゃ。じゃからいくらでも食いたいだけ食う事ができる。じゃが、腹は満たされぬがな、はっはっは!」
そう言いながらもドラクールはマントの内側にある顔の一つに爪を立て、顔面の皮を剥ぎ取り始めた。
「うがっ、うおぉぉっ!」
「やかましいのが玉に瑕じゃがのう」
傷みにもだえ苦しむドゥエルガルをドラクールがピシャピシャと叩く。
「どうせ復活するのに、やかましい事じゃて」
そう言っているドラクールの腕に筋が広がり、赤黒い液体があふれ出した。
俺は我慢ができずに振り払った剣は、ドラクールの右腕を切り落としたのだ。
「やりおるのう。見えんかったわい」
「まずはその亡霊どもを解放してもらおうか」
マントの内側でモゾモゾとはいずりまわるドゥエルガルたちの魂。その意識を解放させる事ができるとすれば……。
「マント、か……」
俺は一つ、試してみようかと思った。