王の誕生
十人ばかりと切り結んだろうか。まだ相手の数はかなりいそうだ。
俺はといえば左足と右肩に矢傷を受け、他にも剣で斬られたり棍棒で殴られた傷が無数にできていた。
「俺はまだ戦えるがそちらはどうかな? 魔王を討伐した勇者の首を取れる者はいるか!?」
俺の声に一瞬襲撃者の攻撃が止まる。見れば攻撃を迷っている様子だ。
それもそうだろう。俺は火を付けられた小屋から出て街道で戦闘を始めた。包囲しているはずの襲撃者たちは数の上でこそ優勢だが、自分たちの被害ばかりが大きくなっているのだから。
「……っ」
右肩の傷は少し深そうだ。まだ血が止まらずにいる。俺も無傷ではなく徐々に追い詰められているのも確かだ。
「きゃあっ!」
俺の背後でルシルの叫び声が聞こえる。
ルシルもある程度は戦闘能力があるものの、体力は女の子。この多勢に無勢の状態ではさすがに長くは持たない。
俺は目の前の敵に剣を向けて威嚇しつつも声の方向を見る。
「ゼロ……」
ルシルは襲撃者の男に捕まり、手を後ろに回されて身動きが取れない。
俺とルシルの間には襲撃者が三人。これではこいつらを相手にしている間にルシルがやられてしまう。
「どうするね勇者さんよ。この王国の猟犬、ソウッテ様にかかりゃあ謀反人の一人や二人、捕らえられない訳がないんだぜ!」
挑発してくる襲撃者の親玉らしき奴。他の男たちもそれにつられて卑しく笑う。
「その割にはかなりの人数がやられているようだがな」
だが俺は相手が調子に乗らないよう冷静に、そして強気は発言で煽る。
「そいつらは捨て駒よ、お前と同じになぁ!」
襲撃者の親玉、ソウッテには俺の挑発も効果無しか。
捕まっているルシルが俺に訴えかけてくる。
「ゼロ、私にはその資格は無いかもしれないが聞いてくれないか」
ソウッテに腕をつかまれながらルシルが普段と違う口調で俺に話しかけた。
「どうした、いつものお前らしくないな。言葉遣いが普段と違うぞ」
「おいおい、ここにきて懺悔でも始まるのか?」
俺とルシルの話にソウッテが割り込んでくるが、構わずルシルは言葉を続ける。
「そなたの妹を奪った私が頼める立場ではないのは先刻承知の上だが……予、魔を統べる王、ルシル・ファー・エルフェウスはその身と命をそなたに捧げよう」
「何っ、魔王だとっ! 魔王はお前が倒したんじゃ……あちゃっ!」
ルシルをつかんでいたソウッテの腕から青い炎が立ち上る。ソウッテは炎を消そうと腕を振ったり叩いたりするが一向に消えない。
両手が自由になったルシルは、周りにいる襲撃者たちを気にするそぶりもなく俺の所へ歩いてくる。
「さあ、我が王となれ、勇者ゼロ・レイヌールよ」
戦闘の中で急に発生した厳粛な空気に飲まれたのか、ソウッテが炎に焼かれている姿を見たからなのか、襲撃者たちは微動だにしない。
ルシルは片膝をつくと、両手のひらを上に向けて俺に差し出す。
俺は持っていた剣をルシルの手に乗せると、ルシルはその剣を半回転させて持ち直した。
俺は剣を受け取り刀身を寝かせてルシルの肩に乗せる。
「いいだろう。この俺、ゼロ・レイヌールは、魔王ルシル・ファー・エルフェウスの忠誠を受けよう」
「よろしい。しからばゼロ・レイヌールよ、そなたは王ぞ。我が主たる王ぞ。王が仕えるは王のみ。そなたは己自身に仕え、臣民のために尽くすのだ!」
ルシルの宣言で勇気の契約者が発動する。
契約者は勇者たる俺で、主は王たる俺。
俺一人だけでは発動しないが、ルシルという臣下がいることで主としての形式が整った。
「誓おう、この魂に懸けて」
改めて剣を構えた。身体中が覚醒する。心臓が脈打つごとに俺の全身に力がみなぎっていく。
ルシルが襲撃者たちに向かって叫ぶ。
「さあ王の誕生だ。祝うがいい、お前たちの血と命を供物として!」