魂たちへの癒やし
だんだんと世界に色が付いていく。まぶしすぎはしないものの、今まで精霊界で真っ暗な中で過ごした事に比べると、色と明かりは確かに存在する。
「基本的に黒と赤、だがな」
「ちょっと毒々しい感じ、だねゼロ……」
俺とルシルはバラバラになりそうな意識をどうにか保ってこの地に下り立っていた。
「お、おお……」
「のわっ!」
俺たちの周りにドゥエルガルたちが何人も立っている。思わずのけぞってしまったが、俺の後ろにもまた同じようにドゥエルガルが経っていた。
そいつらは犬のような顔で俺たちを見る。じっと……。
「いらした、いらしてくださった……」
「おお……」
「冥界へ……」
どうやらよくよく見るとこいつらは俺たちが精霊界にいた時のあの半透明の奴らに似ている。
というよりそのものだ。半透明でないことを除けば。
その中の一人が手を差し出して来たことに、俺は反射的に手で払おうとしてしまった。
「えっ」
俺の手はそいつの手を素通りする。
見た目は普通のドゥエルガルだが、身体は透明じゃないのに実際には透けるのだ。触れられないのだ。
「なんだこれっ! 怖っ!!」
陽炎に触れようとした時のような、蜃気楼に手を伸ばした時のような、そんな感じ。目に見えるのにつかむことができない。
「お前たち、魂魄の状態……なのか」
俺は後ろ手にルシルをかばうようにして立ちはだかるが、ルシルの感触はある。
つないだ手をルシルは離さないでいてくれていた。
「やはり、その杖……」
「この銀枝の杖の事か?」
「はい、その杖は異世界を渡る船、我らとは異なり肉体を持ったまま冥界にいらっしゃった。それがなによりの証拠です……」
なるほど。俺は背筋が寒くなったような気がして身震いをする。
「身体はあるように見えて魂魄であるお前たちは、既に肉体が元の世界で失われている訳だな」
「はい、その通りでございます。我らはドラクールに魂を縛られ、冥界から抜け出すこともできずにさまよい続ける存在。あなた様方とは異なり、肉体は精霊界にて滅んでおります」
そうか。落ち着いてみれば、こいつらは身体のあちこちに死んだ時の傷だろうか、酷い怪我を負っているのが判る。肉体が滅んだ時、最後に肉体で経験した記憶を魂に刻み込んでいるのだろう。
それがむごたらしい傷跡になって、魂魄である今の姿に映し出されているのだ。
「見れば見るほど痛々しいな」
「ゼロ、それはそうよ。だってこれ、致命傷って事でしょ?」
「そうだな。見ているのも辛いが、どうだろうか、Nランクスキル発動、簡易治癒。少しでも傷を俺の魔力で癒やせないだろうか……」
俺は怪我を負ったドゥエルガルたちに手をかざす。
「お、おお……」
俺の手から放たれる光を受けて、傷が少しずつ塞がれていく。
「お、効果がありそうだな。まあ肉体は癒やせていないから、生き返ったりはできないだろうが」
「ゼロは死者の魂を癒やす初めての人になったのかもね」
「まあ、普通は冥界に辿り着いたりしないだろうからな。死者でもなければ」
傷を癒やされた連中は、少しだけだが苦しそうな顔から落ち着いた表情になっているように思えた。
「それでもドラクールからの解放はできないか……」
「そうね」
触れることのできない魂だけのドゥエルガルたちに囲まれて、どうしたものかと考えてみる。
「うん、判らん! なあお前たち、お前たちを捕らえているドラクールはどこにいるか判るか? もうこうなったら直接聞く方が早いだろ!?」
「お、おお」
「それはもういいっての! とっととしゃべる! もう痛みとかそういうのとかはないだろ?」
「あ、確かにそうですね。死してから痛みからは解放されていましたのに、つい生前の癖と言いますか……」
「判った判った。いいから! で、ドラクールはどこなんだ、ん?」
ドゥエルガルたちは一斉にある方向を指さす。
「この先、ヴラン城でございます」
なぜ今まで気が付かなかったのだろう。確かに彼らが指さすはるか先には、不気味だが立派な石造りの城が見えた。