異世界の門を開く鍵
ベッドの上で横たわっていた長老の呼吸が安定する。肌つやも、まあ元々が年寄りだしコボルトらしい毛並みもあって人間とは違う所もあるが、まあ血色のいいものになったと言えるだろう。
「もう少ししたら意識も戻ると思うが」
俺が言う矢先に、長老は小さくうめいてゆっくりと目を開ける。
一瞬、息絶えたかと思って不安になったぞ。
「お、おお……」
「目が覚めたのなん、長老!」
「姫様、でございますか……」
意識を取り戻した長老の手をロイヤが握る。
「姫様、ご無事で何よりです……」
「長老もよく生きていたなん」
きちんと治癒が効いたのだろう。長老はゆっくりとだがしっかりとした動きで起き上がった。
「あれだけの傷を負いましたのに、もう痛みもございません」
「そうだろうそうだろう! ゼロちゃんが治してくれたのなん!」
ロイヤはそう説明し、今までの事も長老や村の連中に話す。
特に巨大サソリ、ギルタブリルの事はイチフンが状況を事細かに伝え、村の連中は驚き、怖がりながらも、それが倒された事に喝采の声を上げていた。
「そんな事もあってなん、長老には地上界へ行く方法を教えて欲しいなん」
「地上界、人間界の事ですな……。ふむ」
長老は俺やルシル、そして銀枝の杖を見てなにやら考える。
「ギルタブリルとの戦場では、その杖に付いている宝玉の光はどうでしたかな?」
「そうだな、光が強くなった気がする」
「そうでしょうなあ」
「なにか判るのか、長老!」
俺は長老の肩に手を添えて、詳しく話を聞こうとする。
「我らドゥエルガルの血を引きし一族はその金属に触れる事はできませんが、効果は十分理解しております」
「銀、の事か」
「はい」
彼らは特性を持っていて、銀に触れるとそれをコバルトに変えてしまうという能力があり、それは自分たちでは制御できないらしい。
俺の常時発動スキルみたいなもので、好き勝手に能力を止めたりができない不便さもある。
「その杖をお使いになれば、精霊界から出る事ができましょう」
「どうすれば……どういう事だ?」
「はい、ギルタブリルと戦った場所、その近くで宝玉が光り輝いた場所があるはずです。そこがギルタブリルの移動してきた道……」
「ん? だがギルタブリルは冥界の番人という伝説もあると言うじゃないか。俺たちが行こうとしているのは冥界じゃないぞ」
「承知しておりますよ。ですが、それでよいのです。時空の歪みが異世界と通じる門となります。そしてその道しるべとなるのがその杖……」
この銀枝の杖か。
「その杖はどこで手に入れなすった?」
「これは、俺たちの世界にいる研究者が精霊界に保管していたと言って取りだした物だ」
ユキネが貸してくれたやつだからな。
「それでしたら問題ありませんな。地上界、人間界から持ち込んだ道しるべであれば、その帰り道も波動の周波を整える事でおのずと開かれましょうぞ」
うーん、波動とかよく判らない話だが、とにかくルシルの持っている銀枝の杖で、巨大サソリを倒した辺りを探せば、時空の歪みとやらを通って地上界へと行けるという訳だな。
「そのための儀式とかはなにかあったりするのか?」
「そこはですな……姫様」
長老はロイヤに声をかけ、小さな声で耳打ちする。
「えっ!? そ、それは……」
なにやら顔を赤らめてうつむいてしまうロイヤ。
「どうしたんだ? 儀式って」
「う、うん、それならロイヤができるなん……」
まともに俺の目を見られない状態でロイヤが応えるが、まあそれでも方法がある事は判った。
「そうか、それならまた同じ道を戻る事になるが、あのサソリを倒した辺りまで行くか」
「うん……」
俺とルシル、そしてロイヤは簡単な身支度だけを済ませる。道案内はアルキンに任せるとして、メンデス、イチフンは生き残りの村人たちと村の救助に当たる事になった。
「後は頼むぞ、メンデス、イチフン」
「おう、アルキンこそ姫様を頼む」
「ああ、任せろ」
最後に俺たちも村の連中に声をかけ、まだ煙がくすぶっている村をあとにしようとした時だ。
「ほほーう、もっと燃えるものかと思っておったが!」
辺りに響き渡る大きな声。
「なっ、まさか!」
この声には聞き覚えがある。あいつが、なぜ。
俺の耳の奥が、かすかに痛み出した。