消火と救助
近くまで行かずとも理解できた。この真っ暗な中でこれだけの灯りがあり、その赤く猛るような揺らめきが天をも突くような勢いで立ち上っている。
「村が……バウホルツ族の村が……」
アルキンたちがへたり込んでしまう。
彼らが言うように、ここがバウホルツ族の村なのだろうな。だがそれも今は燃え盛る炎の中だ。
「ルシル、頼めるか!」
「判った! Rランクスキル海神の奔流!」
ルシルが杖を前に突き出しスキルを発動させる。
銀枝の杖にいくつも付いている宝玉の一つが青く輝いてルシルのスキルに反応した。
「解き放て、水流の波よっ!!」
ルシルは近い所から消し始める。とにかく突破口を開かなければならない。
「ゼロ、道ができたよ!」
「助かるっ!」
俺は炎の中に飛び込もうとする。
「ゼロちゃん、危ないなん! こんなに燃えているのにっ!!」
ロイヤが心配して俺を止めようとするが、それは杞憂だ。
「大丈夫だロイヤ、俺のこの鎧は」
「あっ、火蜥蜴の革鎧なん!」
「ああ、そういう事だ! それに俺は温度変化無効のスキルを持っているからな、火の中でも火傷を負ったりはしないさ!」
俺はロイヤたちを安心させるつもりでわざとらしく笑ってみせた。
ルシルは気付いているだろうがな。温度変化無効はSSSランクの勇者系スキルだ。今の俺に発動しているのかは判らない。
「……もしかしたら、火蜥蜴の革鎧は無事でも中身の俺が蒸し焼きになっていたりしてな」
木のはぜる音で俺のつぶやきは誰にも聞こえなかっただろう。
とにかくこの火を少しでも消さねば。燃えていない場所があれば延焼しないように燃えるような物を破壊する。火が点いている物は俺のスキルで吹き飛ばす。
「Rランクスキル発動! 凍結の氷壁っ! 氷で炎を囲ってしまえっ! 押しとどめて火を消し去れっ!!」
俺は氷の壁を作って燃えている家を取り囲む。壁に包まれた炎は少し経つとくすぶって消えてしまう。
「炎が強いか俺の氷が溶けずに済むか、どちらが勝つかと思っていたが……理由は判らないが火が消えてしまったな。だがこれは使えるかもしれん」
俺に降りかかる火の粉は俺に火傷を付けるでもなくそのまま地面に落ちていく。
「熱気も感じない……温度変化無効のスキルが発動している、のか?」
そうすると、常時発動スキルはエナジードレインの影響を受けずに済んでいるのかもしれない。
「だがなあ、それだと攻め手に欠けるんだよな……」
俺はとにかく氷の壁を作って燃える物を取り囲んで火を消す。次々と消していけば火の点いていない場所が確保できる。
「こ、これは……!」
「火が、消えとる……」
燃える建物の脇から飛び出してきた犬のような顔をした者たちが集まってきた。
「お前たちはバウホルツ族の村の者か! こっちに来い! 俺の近くに来れば火からは逃げられるぞ!」
炎から逃げ惑う者たちが別の炎に突っ込んでしまわないように、焼け跡となってしまったこの場所に集めようと思った。
ここならもう燃える物がないからな、これ以上炎は襲ってこない。
「心配するな、話は後で聞く! 俺の通った道はもう火が消えている! だから俺の後ろの道を行けっ!」
年老いたコボルトが一人俺の所に近づいて、ふさふさの眉毛の下の小さな目で覗き込んでいた。
「あ、あなた様は、いったい……」
「俺の事はいい。爺さん、この氷の欠片を持っていけ、腕に火傷をしているみたいだからな。俺は氷の壁で炎をふさぐだけで今は手一杯だが、落ち着いたら治癒のスキルも掛けてやる。だから俺の言う事を聞いて、後ろの道を進んでくれ」
「は、はひっ……」
俺は溶けた氷の壁を割って小さな氷を作ると、それを年寄りのコボルトに渡す。
同じように周りにいるコボルトにも氷を割って手渡した。
「さあここは危険だ、早く安全な所へ!」
「ですがそうしたらあなた様は」
「俺はまだ燃えている所を消しに行く! 閉じ込められている奴もいるんだろうからな!」
「はひ……」
俺の造り出す氷の壁がまた近くの家を包み込み、炎を消していく。
「あ……」
「どうした爺さん」
「それでじゃったか……」
なんだか爺さんは困ったような、迷惑そうな、なんとも言えない複雑な顔つきで俺を見た。
「炎に巻かれてもう駄目じゃと思ったんじゃが、急に炎が消えたんじゃ」
「ほう、それは俺が消したのかもしれないな」
「そうかもしれん……。あの時火が消える前から急に息が苦しゅうなってのう、頭もクラクラしたもんじゃ……」
「あ……」
もしかして、俺が氷の壁で家を覆った時、火は消えたが中も息ができない空気になってしまったんじゃないだろうか。
「なんか、前に誰かから聴いたような気がする、なぁ……」
確か密閉した所だと火が燃えないとかいう話だ。
でも、その中だと人というか生き物は長く生きていられないとかなんとか。
「ま、まあ息があってよかったな爺さん! ほら、この先にはお前たちの姫さんもいるからな、さあ行った行った!」
「は、はひっ!」
「姫様じゃと!?」
「そうだ、お前たちの長のロイヤも待っている、だから早く行って無事を知らせてやれ!」
俺がそううながすと、コボルトたちは希望に満ちた目で後ろの道を駆けていった。
べ、別にごまかすわけじゃないぞ。
まあ、俺は氷の壁を作ったら、それを燃えている建物の上に置く事にした。こうすれば、炎で溶けた氷が火を消してくれる。
「うん、少し効率は悪いかもしれないがな、消えればいいんだ、消えれば!」
俺は氷を溶かしながら近くの火を消し始めた。