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とばりを越えて

 明日はバウホルツ族の村に行く。その前に戦いで疲れた身体を癒やすため、睡眠を取る事にした。


「体感時間なら夜なんだが、精霊界は昼夜の区別がないからな……」


 俺は薄暗くした部屋の中で柔らかなベッドに横たわる。綺麗に整えられたシーツは、なぜか太陽の匂いがした。


「なあルシル」


 二人用の大きなベッドに俺とルシルが寝る事になっていた。二人で暮らしていた時も同じようにしていたんだが、このところルシルの様子が変だ。俺と一緒のベッドに入ろうとしない。


「ルシル……」


 ルシルはソファーに座って窓の外を眺める。

 真っ暗闇でなにがあるわけでもないのだが、ただぼうっと外を見ていた。


「明日は早い。俺よりも疲れているだろう」


 俺はソファーに行ってルシルの隣に座る。


「ベッドはルシルが使うといいよ」


 俺は少し緊張しながら、ルシルの長い黒髪に手を伸ばす。

 少しだけ触れるルシルの髪の柔らかさ。広がった所からふんわりと甘い香りが漂う。


「なあ」


 俺はルシルとは視線を交わさずに独り言のようにつぶやく。


「俺が失敗したのかな。手を抜いていたのかもしれない。ランカに、あのヴァンパイアにエナジードレインを受けるなんて」


 もう傷跡すら残っていない首筋を軽くさする。ランカに牙を立てられた位置は、今でも熱を持ったように思える。

 温度変化無効のスキルがあってもそう思うんだ、きっと俺の勘違いなのだろうけれど。


「ごめんなルシル、俺……弱くなって」


 俺がそこまで言いかけた時、ルシルが俺を突き飛ばす。

 俺はソファーの上に仰向けに倒れ、その上から覆い被さるようにルシルが乗り上げた。


「ゼロっ!」


 薄暗い中、ルシルが怒ったような、困ったような顔で俺を見る。

 その目にはうっすらと……。


「ゼロ、ごめんなさいっ!」

「ルシル……」


 ルシルは仰向けに倒れている俺の脇に手をついて自分の身体を支えていた。

 肩に掛かった長い髪が俺の肩にまで届く。


「私、どうしていいか判らなかった……。ゼロがエナジードレインで力が弱くなってしまったのに、私よりも強かった頃のゼロばかり考えてしまっていた」

「それは……戦いで見えただろう、当然だよ。今はルシルの方が強い。戦力になる」

「私、私は……ゼロのあの強さが好きだった。私をあんな簡単に倒してしまった力、何者にも負けない力、一人で軍隊さえも凌駕するその圧倒的な!」


 確かにいろいろあったよな。ルシルが魔王として君臨して、それを俺が倒して。魂を俺の妹として育ったアリアの身体に封印して……。


「幻滅、しただろう……」


 俺の言葉にルシルは大きく、何度も首を振る。


「私はゼロの力に、強さに惹かれていたんだと思っていた。私の到底かなわない程の強さに。あの吸血鬼の娘がゼロに噛みついて、確かにそれは気にくわなかった、嫌だった!」


 ルシルのこらえていた涙が俺の頬に落ちた。


「私、ゼロが私より弱くなっちゃったらどうしよう、自信がなくなって何も決められないゼロになっちゃったらどうしようって考えていた。ずっといるって言ったのに、私が守るって言ったのに……。ゼロの力で守られていた人たちが、ゼロの力を恐れていた奴らに攻められたらどうしよう、私だけじゃ救えない……そう思っていたら……」


 俺はルシルの髪をかき上げて正面から顔を見る。

 その表情は怯えているような幼子の面影を残していた。


「私ね、ゼロの事好きだったの。憧れていたの。その強さに惚れていたの。でも違うの……」


 ルシルは小さく唇を噛む。そして意を決したように息を吸い込んだ。


「それでも、それでもゼロが私より弱くなっても、誰も守れなくても、国が混乱に陥っても……ううん、そうじゃない、そうじゃないの、ゼロの強さは関係ない! 強くても弱くても関係ないの!」


 ルシルは堰を切ったように。


「私はゼロの事が好き! ゼロの事が好きなのっ!! だから許して……少しでもあの吸血鬼に嫉妬した私を、素直になれなかった私を……ごめん、なさい……ゼロ……」


 俺はルシルの首に腕を回し、ゆっくりと引き寄せる。ルシルは抵抗する事なく、俺の腕の中に入ってきた。


「そうか、いらぬ心配をかけたみたいだな。力だけではなくて気持ちも弱くなっていたみたいだ。俺こそ謝らなくてはならないな」


 ルシルは俺の胸に顔をうずめて小さな嗚咽おえつを漏らす。

 そんなルシルの頭を、俺はゆっくりとなでた。


「俺たちの世界へ戻ろう。そうして元の力を取り戻す旅に出よう。きっと方法はあるし、なければまた俺が成長すればいいだけの事だ」

「ゼロ……」

「だからルシル、ごめん……いや、俺に付いてきてくれてありがとう。俺を信じてくれて……」


 ルシルは涙でくしゃくしゃになった顔で俺を見ている。


「うん……」


 余計な緊張が解けたのか、子供のような笑顔を俺に向けた。


「ルシル、ありがとうな」

「うん。ゼロ……大好き……愛してる」


 少しだけ開いた唇が近づいてくる。俺にかかる甘い吐息。閉じたまぶたからこぼれる涙。

 どれもが愛おしく感じる。


「俺もだルシル」


 俺はそれだけ答えると少しだけ身体を起こす。


 ソファーの上で、影が一つになった。

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