戦場までの道程
どうにか回復したイチフンが俺とルシルを案内してくれる。イチフンが持っているランプでこの真っ暗な精霊界の中をどうにか進む事が出来るが、相変わらず光を反射するものがなく、周りは闇が続くばかりだった。
「この中でよく道が判るな」
「あ、そうか!」
俺の問いにイチフンはなにか気付いたようだ。
「我らはドゥエルガルの血を引く一族でして、地上界のコボルトとは同根なれど今は異なる者なのです」
「ん、ドゥエルガルだって?」
犬っぽい顔立ちだったからコボルトだとずっと思っていたし、ロイヤも特に否定はしなかったと思う。
「でもドゥエルガルだって事は、どちらかというとドワーフに近い種族って事か」
「色濃く受け継いでいる、という辺りでしょうか。まあ地上界ではコボルトと言われても特に否定はしていないです」
「なんでだ?」
「だって、精霊界の話をしても信じてもらえませんから」
あー。なるほどな。言われてみれば確かにそうかも知れない。
「まあ、見た目はコボルトみたいですし、銀をコバルトに変えてしまう能力も同じようですけどね」
イチフンは長い犬っぽい鼻をかく。
「だからか。家や家具を造るのが得意だったりするのは」
「え、ゼロそれってどういう事?」
「ドワーフは職人として素晴らしい能力を持っていると聞く。前に岩盤を削って彫刻にした町、確かグランディアと言ったかな。ああいった美術的にも優れた仕事をする事で有名だったが、そのドワーフに近い種族であれば家を短期間で建ててしまったりする能力にも納得できるってもんだ」
「ああ、確かに……なるほどねぇ」
ルシルは感心した様子でイチフンを見ると、イチフンは更に鼻の頭をコリコリとかき始めた。
「だが、ドワーフは優れた戦士という話も聞く。バウホルツ族がどれだけドワーフに近いのかは判らないが、そうそう弱いようにも思えない。だがイチフンがギルタブリル、サソリ人間にあれだけの怪我を負わされてしまうんだ。ギルタブリルはかなり強いと思った方がいい」
自然と俺の顔つきも厳しいものになっているのだろう。ルシルもその様子を見て緊張したようだ。
「そんな強い相手を前にしてなんだが、今となっては戦力となるのはルシルだけかもしれないな」
「そんな事ないよ、ゼロだってエナジードレインさえなければ」
「だがなあ、見てみろよ。Sランクスキル発動、閃光の浮遊球! 光り輝き俺たちを照らせっ!」
勢いよく叫んでみたものの、俺の指先から出たのは小さな光の球。それもあっという間に消えてしまった。
「ありゃ……」
「な? ずっとこの調子だよ」
「重症だねえ」
落ち込む俺の頭をルシルがなでてくれる。
なんだかいつもと逆な気もするが、こうして気遣ってくれるだけでも目頭が熱くなるな……。
「でもさ、ちょっと剣は振るえるようになったんだぜ」
俺は剣の柄を握りしめて鞘から抜く。
剣の重さに少しは慣れたか、剣を抜き払ってもふらつく事はなくなった。
「ありがたい事に、超覚醒剣グラディエイトはもう既に剣自体の能力として割れた刀身を魔力でつなぎ止めているようだ。俺の能力とは関係無しにな」
「あ、本当だね。ゼロが持っても欠片がこぼれない」
「ああ。だからこの剣なら、俺がきちんと制御できれば……」
俺は何度か素振りをしてみる。力強さという点では以前とはくらぶべくもないが、それでも剣筋はある程度しっかりしているように思えた。
「刀身が欠けているからその分軽くなったのか、魔力の効果なのか、精霊界が身体の浮くような世界だからなのか、理由は判らないがな。どうにかこの剣でなら役に立てるかもしれないぞ」
きっとルシルにかなり頼ってしまう事になるのだろうとは思うが、それでも足手まといにはならないようにしなければな。
「ゼロさん、ルシルさん、そろそろです」
そんな俺たちにイチフンが注意をうながす。
「そういえばなぜ道に迷わないかという話だったが、どうしてなんだ?」
「ああそれですか。我らはここ」
イチフンはもう一度鼻の頭をかいた。
「鼻が利くんですよ。だから真っ暗でも位置や方向が判るんです」
「ほー」
視覚に頼っている俺たちとは違って、確かに匂いであれば精霊界の暗い中でも目的地まで歩いて行けるというのか。
「いろいろと違って面白いな」
「そうですか?」
「ああ。イチフン、敵は近いんだな?」
「もうじきです。きっと相手もこちらに気付いているでしょう」
確かに、遠くから固い物が床を叩くような音がかすかに聞こえる。
きっとあれはサソリ人間の脚が歩く音なのだろう。
「戦闘態勢……」
イチフンはランプを腰のベルトに引っかけ、背負っていた丸形の盾と短槍を構える。
ルシルは銀枝の杖をかかげ、俺は剣を両手で握って構え直す。
暗闇の中で、赤い光がこちらを見ていた。