巨大サソリ対策部隊
傷を受けたイチフンはソファーで横になっている。傷は治癒のスキルで回復し、呼吸は落ち着いていた。
イチフンを抱えて連れ帰ったメンデスが言うには、人間ほどの大きさの巨大なサソリがイチフンを襲ったと言う事だった。
「でも我が輩は見ておらずイチフンが苦しい中で教えてくれたのみでしたが、その巨大サソリは尻尾が二本あったとも言っておりました」
「毒針が二本……聞いた事があります。人の顔を持つ巨大なサソリ。この精霊界と冥界をつなぐ門の番をしているという、その名もギルタブリル」
「ギルタブリル……」
サソリ人間なのか人面サソリなのか、ともかくそんな厄介な奴が近くにいるという事か。
「三人でこちらへ向かってくる時には遭遇しなかったのか?」
「ええ、我らが村からここまで来る間には。ですが、別段道が通じているわけでもなく、まったく同じ場所を通った訳もないと思います。それにギルタブリルがいるなんて知っていたら……」
まあそうだよな。そんな危ない所をあえて一人で通る必要もないからな。
「ひ……姫様……」
ソファーに横たわっていたイチフンが目を覚ましたらしい。
「大丈夫かイチフン!」
アルキンとメンデスがイチフンの所へ行って上体を起こす。
「あれだけの怪我だったのに、我が輩はもう平気だ」
「それはルシルさんが治癒の力をお使いくださったからだぞ、感謝申し上げろ」
アルキンはこの小屋にイチフンが担ぎ込まれてからの事を簡単に説明する。
「おお、それはかたじけない……、このイチフン、姫様はもちろんルシルさんにも事ある時にはこの命を捧げる所存!」
「ははっ、こんなに回復しているならもう大丈夫みたいね」
ルシルも安心した様子でイチフンを見た。命を捧げるという点については得に言及しないが、まあ元魔王としては崇められるのも慣れたものなんだろうな。
「えっと」
俺はここいらで状況を整理しつつ今後の対応策について意見を募る。
「俺とルシルの目的としては、地上界と呼ばれる俺たちの世界へ戻る事だ。まあ、この精霊界で過ごしてもいいんだけど、なんとなく戻れるものなら戻りたいと思ってな」
「そうね、それはゼロと同じ意見かな」
そうルシルもうなずく。
「精霊界と冥界をつなぐ門、と言ったよな。あの冥界の伯爵は精霊界での肉体は滅んだが、冥界では健在かもしれない」
「え? ゼロって冥界に行ってまでドラクールを倒したいとか思ってるの!?」
「いやいや、そんな事思ってないよ。第一面倒じゃないか」
「だよね~」
奴らが俺たちの世界に乗り込んできて、俺たちの邪魔をしなければだけどな。
「それでロイヤは精霊界に残るのか?」
「え?」
俺は唐突かもしれないがロイヤに訊いてみる。
「ロイヤは……ロイヤは……」
俺たちとアルキンたちを交互に見て口ごもるロイヤ。
「決められないのなら今はいいさ。だがどちらにしてもギルタブリルはどうにかしなければならないと思ってな。でなければまたイチフンみたいに襲われないとも限らん」
「でもそれって近寄らなければいいんじゃないのかな? 冥界の門に近づくのも危ない気がするし」
「確かにルシルの言う事ももっともだ。だからどうにかしようと思ってな。別にそれが相手を倒す事に限定しなくてもいいさ」
「交渉で解決させる?」
「可能性があれば」
俺はこの場にいる面々を見る。
「そこでだ、俺とルシル、道案内としてイチフンには同行してもらいたい」
「ロイヤたちはどうなるなん?」
「アルキンとメンデスがこの小屋の警護をしてもらう。ロイヤはここにいてくれ」
ロイヤも一緒に来ると言ったらどうしようか。
「判ったなん……。ロイヤはここにいるなん」
杞憂だったかな。俺はロイヤの言葉を聞いてほっとした。
「よし、アルキン、メンデス、ロイヤを頼むな」
「はっ」
「この命に代えましても」
二人は高揚した顔で立っている。
よし、ロイヤは二人に任せよう、俺たちは巨大サソリとの対峙に向かうとするか。
俺は剣の鯉口を切って少しだけ刀身を出し、超覚醒剣グラディエイトの鈍く反射する光を見てまた鞘に納める。
「よし、では早速行くか」
「うん」
「承知した」
俺たちは身支度を整えて小屋を後にした。