生き残った者たち
暗い中に赤い光。よく意識を集中すれば、それが人間の形をしている事が判る。距離の感覚がつかめないため、大きさまでは把握できないが。
「ルシル、ロイヤ、静かに聞いてくれ。さっき俺が示した方向、あれは確かになにかがあった。赤外線暗視を俺が使えるようになったとすれば、その光は人型の物に見える」
一瞬で俺たちの間に緊張が走る。
「赤外線暗視って事はさ、体温とか判るんだよね」
「ああ。どうやらそうらしい。あの形から考えると、生き物と言えるだろうな」
「数は?」
「三体。重なっていなければ、だが」
臨戦態勢を取ってなにが起きても対処できるようにしなくては。
もしかしたら俺は戦力にならないかもしれない。どこまで役に立てるかは判らないんだ。
「大丈夫、ゼロは私が守るから」
「ルシル……」
「ロイヤもゼロちゃんを守るからね!」
「ああ、二人ともありがとう。だが俺だって戦うためにいるんだ。足手まといになるのはごめんだよ」
俺は威勢よく剣を抜き払う。
少し重量を感じるが、それでも剣を振る事はできるようだ。
「まあ、あてにはしないから気負わないでね」
「なんだと~」
ルシルの冗談に少しだけ場が和む。
「ゆっくり、近づいていこう」
「こういう時に少し浮いていると足音が立たなくていいね」
「確かにな」
俺たちはゆっくりと滑るように進んでいく。
思ったよりも距離が短かったのか、どんどん赤い人型が大きくなってきた。
「建物?」
暗い中でうっすらと光が漏れている。窓を鎧戸でふさぎ、部屋の内側には暗幕でもしているのだろうか。その隙間から漏れた光が糸のように細い形になっていた。
「何もないただの平面かと思ったが、建物があったんだな」
「精霊界は入り口があれだから大きな部屋っていう感じがしたんだけどね、部屋の中に建物があるってなんか変ね」
俺たちは声を潜めながら建物の入り口を探す。
そこでロイヤが立ち止まった。
「ん?」
「どうしたロイヤ」
「ちょっと待ってなん……」
ロイヤは鼻をヒクヒクさせて辺りをうかがう。
「この匂い……アルキン! メンデス! イチフン!」
「なにっ」
ロイヤがいきなり叫びだした。俺が急いで口を押さえようとするがもう遅い。
建物の窓が開き、中から眩しい光が俺たちを照らす。
「くっ!」
「目がっ……」
いきなり強い光をまともに見てしまい、一瞬目がくらむ。赤外線暗視から急に通常の視界に戻ったためなのか、光と温度の感覚が混ざってしまって立ちくらみのようになる。
俺はルシルたちの背中を押して地面に突き飛ばす。
「伏せろっ!」
俺は倒れた二人に覆い被さるようにして地面に伏せた。
「だ、大丈夫なんゼロちゃん!」
「攻撃をしてくるかもしれんのだぞ!」
俺は光をまともに浴びないよう、二人を連れて建物の影に入る。
「この人たちはね、ロイヤの一族なん」
ロイヤは俺たちに落ち着くよう、あえてゆっくり話しかけたのだろう。この時ばかりは、ロイヤの母性を感じてしまった。
「そ、そうなのか? バウホルツ族はロイヤ以外全員リザクールに滅ぼされたんじゃあなかったか」
「うん、そうなん。でもそれは地上界に来た仲間たちだったのなん。ロイヤ、思い出してきたなん」
「判った。だったら……」
俺は一人で起き上がって剣を納める。そして逆光になってよく判らないが、影で見える姿はロイヤと同じように犬のような耳の形をしたもの。
彼らに俺は呼びかけた。
「俺たちに戦う意思はない!」
ロイヤは俺の言葉が通じる。きっとバウホルツ族も理解してくれるだろう。
「不幸な出会いにしたくはないからな、戦端を開かなければ敵対はしない!」
「人間、さっきの女性の声はなんだ!」
中から返答があった。会話は問題無くできたのは助かる。
「さっきなにかしゃべったのは、バウホルツ族の族長、ロイヤだ。ロイヤが言うには、お前たちの事を知っているようだったが、どうだ!?」
なにやら建物の中で相談でもしているのだろうか、小声でなにかを言い合っているようだった。
「どうだ! バウホルツ族であれば平和的に会話するか、それとも不幸にも命を賭して戦う事になるか、返答はいかに!」
だんだん目が慣れてきた。窓の向こうには犬のような耳をした男が三人。その三人で話し合っていたが、方針が決まったのだろう。俺の方を向いてその中の一人が口を開く。
「我らはバウホルツ族のアルキンとメンデス、そしてイチフンだ。姫様がおわすという事は間違いないか!」
「ふむ。ロイヤ、俺の後ろへ」
俺はロイヤをかばうようにして立つ。
「ゼロちゃん、アルキンが言った事は合っているなん、だから大丈夫なん」
ロイヤの姿が見えた事で、建物の中の三人から驚きの声が上がる。
「姫様……!」
「ああ、姫様だ……」
ロイヤも感じる物があったのか、俺の後ろから出てきて三人と顔を合わせた。
「みんな……生きていたなん!」
「はい、姫様もご健在でなによりです……」
「姫様……」
どうやらこいつらはバウホルツ族の、ロイヤの仲間という事で間違いなさそうだな。
「では済まないが、中に案内してもらってもいいだろうか」
俺は安心した事とこれまでの疲れもあって、休める場所を欲していた。
「ああ、それは構わん。いや、それよりも姫様をご案内しなければ!」
アルキンと言ったか、左目に刀傷のある片目のコボルトが建物の奥へと消えたかと思うと、少し離れた所の扉を開けた。
「ささ、こちらへ姫様。お付きの方も、さあお入りください」
むむ。付き人扱いというのもどうかと思うが、まあロイヤが族長だからな、一緒にいるとそういう扱いになったりもするのだろう。
「うむ、たいぎであったなん!」
「わははは、姫様どこでそんな言葉を覚えなすったのです!」
族長らしさを出そうとしたのだろうが、それが却ってアルキンたちの笑いを誘っていた。