精霊界の力
俺は宙を飛びランカに向かって剣を振るう。激しい金属音が鳴り、ランカの手前で俺の剣が弾かれた。
「剣撃も受け流せる防壁でもあるのか!」
「これもリッチーの力だ。練り上げた魔術の技で剣や魔法も我には届かぬ!」
「くっ、さっきまでは剣が届いたというのに、なんだこの硬さは……」
俺は弾かれた勢いで床に投げ出される。
着地はどうにかできたものの、身体の浮く部屋が俺の平衡感覚を狂わせた。
「足下がおぼつかないとは、お前もまだまだ精霊界には受け入れられていない証拠だなあ」
「世界に意思でもあるような口ぶりだな」
「ああ、精霊界は精霊のみならず生者死者双方の魂も住まう世界。その精神が空間に満ちているのだよ。だからこそお前たちのいる世界、地上界ではできぬ事がここでは起こりうるという訳だ」
俺は精霊界がどういう物かを知らなかったが、普段俺たちのいる世界や空間とはそもそもの存在が異なるようだ。
「おじいさまがあれだけの巨躯を維持できたのも、我がリッチーと成れたのも、全ては世界の力があったればこそだ」
そんなにすごいのか、精霊界。
「だが、俺も精神力ならかなり自信を持っているぞ。この世界を味方に付ける事くらい、やってみせる!」
「ほほう、たかだか人間の分際で、精霊界に乗り込んでくるだけでも不遜だと言うに、世界の力を己が物とできるなど、傲岸もはなはだしいな!」
ランカは両手から酸の血をまき散らす。
俺は風圧でそれを弾き飛ばすが、ほんの少しのしずくが触れただけでも火蜥蜴の革鎧に焼け焦げができる。
「炎には強いが酸には溶かされてしまうか……」
俺は手甲の部分に付いた焦げ痕を改めて確認した。
「ゆっくりとだが、染み込むように痕が広がっていくな」
床も至る所にできた穴が、この酸が強い事を物語っている。
「溶かす攻撃、そして剣も魔法も届かなくなった程の防御」
俺が酸の飛沫をはねのけながらも攻勢に転じられない状況を見て、ランカは楽しそうに笑っていた。
「先程は油断したが、もう我を傷つける事はできんぞ。そして我の攻撃は精霊界の力を使っているから無限にこの血の雨を降らせる事ができる!」
「世界の力を使えるとはな、便利なものだ」
無尽蔵の力が相手では、消耗するだけこちらが不利、か。
「だからと言って俺が攻撃をやめる訳にも行かないからな! Sランクスキル発動、剣撃波! 真空波よあいつを切り裂けっ!」
「無駄だっ!」
俺の放った剣撃はランカが軽く手を振るうと簡単に弾かれてしまう。
「お前の力ではこのランカの、リッチーの力を凌ぐ事はできぬぞ!」
ランカが言うように、俺の能力やスキルでは世界に守られているランカの防御を突破できないのかも知れない。
精霊界の力、か……。
「ルシルっ!」
俺はルシルたちに背を向けたまま呼びかける。
「使って!」
ルシルは俺の意図を汲んでくれたようだ。背後から物が飛んでくる音がした。
俺はそれを後ろ手につかみ取る。
「銀枝の杖、使わせてもらうぞ!」
俺の手に握られた杖は、銀色に光り輝いていた。
そして枝の先に付いているいくつかの宝玉。その一つがひときわ強く光を放つ。
「精霊界とつながっているこの杖の宝玉なら……」
俺は剣を鞘に納め、銀枝の杖を両手で構え直した。