攻勢のヴァンパイア
次々と放たれる赤い液体。床に跳ねればそこに大きな穴が空く。
「確実に、俺たちへの殺意が込められている……」
「ゼロ、感じる!?」
「ああ、ここには俺たちしかいない。だが、奴……ランカから敵感知の感触が伝わってくる。あいつは俺たちに、明確な殺意を抱いている!」
耳の奥がかすかに痛む。これは常時発動しているスキル、敵感知の作用だ。俺に敵意を向けている相手がいる時に、傷みで知らせてくれるものだ。
「でも、だったら……」
ルシルが戸惑うのも理解できる。
大罪の清算からは逃れられないはず。俺に向かって殺意を抱けば、その心臓が破裂して息絶えるのだ。それに大罪の清算はスキルとしてもランクSSSの最高クラス。ルシルの呪詛を解呪するにしても、それを上回るランクかルシルの魔力を凌ぐ能力が必要になる。
SSSランク以上のスキルはこの世界に存在しない。
「それに魔王たるルシルの力をも越える解呪ができるとは思えない……。だから大罪の清算は解除できない制約のはずだが」
空中に浮いているランカは無表情のまま俺たちに液体を放ってくる。
赤いだけに燃える血のように見えてしまう。
「我がどれだけこの時を待ちわびていたか。我が一族、そして我がおじいさまをも滅ぼされ、我が矜恃を踏みにじられた……」
ランカは次々と液体の弾丸を撃ち続ける。当たればその身を溶かす程の強力な溶解力を持っている液体をだ。
床は穴だらけになり焦げるような刺激臭が鼻をつく。
「いつまでかばっていられるかね? それっ、それそれっ!!」
確かに守り一辺倒ではこの状況は覆せない。
「この液体は……くそっ、魔力を帯びていやがる。俺が小さく展開した円の聖櫃をやすやすと透過してきやがる」
「魔法障壁もすぐに破られちゃう! 守っているだけじゃ動きも取れないよ!」
確かにルシルの言う通りだが、防御の手段をすり抜けて跳ねてきた液体は、ほんの少しの量でも俺の着ている火蜥蜴の革鎧に焼け焦げを作るくらいだ。
「これをまともに浴びたら……」
俺は唾を飲み込む。思った以上に大きな音がしたが気にしない。とにかくこれをどうにかしなければ。
「魔力を帯びているとはいえ液体である事には間違いない」
「どうするのゼロ」
「飛んでくるのであれば……」
俺は剣を構えて次の攻撃に備える。
「Sランクスキル発動、剣撃波! 液体を放つ奴ごと剣圧で吹き飛ばせっ!」
俺が振り下ろした剣先から衝撃波が産まれてランカに襲いかかった。その途中に飛来してきた液体を弾き飛ばしながら。
「くっ!」
ランカは左手で俺の放った剣撃を受け流す。
だがその手は真空に触れた為に大きな切り口を作っていた。
「こしゃくな……」
ランカはこの場に現れてから初めて、苦々しげな表情を作る。
「ほう、感情は持っているようだな。てっきり俺は人形と戦っているのかと思ったぞ」
「ほざけ人間……」
ランカはゆっくりと床に降り立つ。
その手には液体を固めたような剣が握られていた。
「この血涙の剣でお前を切り刻んで溶かし尽くしてやる……。覚悟せよ人間!」
ランカが俺に向かって駆け出す。
「剣での戦いで俺に挑むか! その意気は認めるが俺にかなうと思っているのか!」
「やってみなければ判らぬさ……」
ランカが剣を横に振るう。当然俺はその剣筋に合わせて超覚醒剣グラディエイトを当てようとする。
「なっ!」
ランカの剣が空振りして俺を素通りした。
いや、空振りではない。俺の剣に当たる前、ランカの剣が分離して俺の後ろに飛沫として解き放たれたのだ。
後ろから聞こえる少女たちの悲鳴。
「ルシル! ロイヤ!」
俺は剣を振り抜いたランカの腹部に蹴りを入れて間合いを取る。
すぐさま後ろに下がってルシルたちに駆け寄った。
「う……ゼロ……」
「大丈夫かルシル!」
「私……は、大丈夫……。少し火傷をしただけ。でもロイヤちゃんが……」
「うっ!」
俺は言葉もなかった。
強烈な酸で溶かされたように、ロイヤの全身から肉が溶けくすぶった煙が辺りに広がっているではないか。骨も見える程の重傷だ。
「ロイヤっ! くそっ! Sランクスキル発動、重篤治癒っ! 治癒の力よ、ロイヤを癒やせ! 傷をふさげっ!!」
俺がスキルを発動させて暖かな光りがロイヤを包む。だがそれですら遅い。もどかしい。
ロイヤの傷はどんどんと広がっていく。
「ゼロ、ロイヤちゃんは私に任せて! あいつが来るよっ!」
振り返るとランカが起き上がる所だった。
「ちぃっ! 判ったルシル! ロイヤのことは任せるっ!」
「うん! だからゼロは戦いに集中して!」
信頼。そうだ、俺はルシルの言葉に絶対の信頼を置いている。
「頼んだ」
「任されたよ」
俺たちの交わす言葉はそれだけで十分だった。