冥界への塵
真っ二つ。俺の剣が光の航跡を生み、巨大な敵の身体を縦に斬り割く。
「ぐ、ぐあぁ……」
巨躯がゆっくりと前のめりに倒れこみ、床にたたきつけられる。
「よ、よぐも……儂を……数百年、ここまでこの身を破壊された事はなかったぞ……」
まだ口を開く力が残っていたか。
「冥界の伯爵よ、安心するがいい。これより先、お前にこれ以上の傷を負わせる者は現れないだろう」
「ほ、ほう……。そなたより強いものは現れぬと、そう言うのだな小さき者よ……」
「俺より強いかどうかは知らないが、お前はこれ以上の傷を負うことはない」
「そう、言いきれるかな……」
「ああ」
俺は徐々に塵となって崩れていく冥界の伯爵を見つめていた。
「もうこれ以上傷付く事はない。その命も尽きるのだから」
「ふむ……最後にこぶしを交わした相手が小さき者になるとは思ってもおらなんだが、これもまたよし」
俺の斬った所と、身体の末端から塵に変わっていき、腕が、足がだんだんと砂の城のように砕けていく。
「小さき者よ、儂を屠った勇者よ、一つ聴いてもよいか……」
「なんだ、言ってみろ」
「そなたの名を、冥界に戻る儂に教えてくれぬか」
既に身体の大半は消え去った冥界の伯爵が邪気のない目で俺を見た。
「ゼロ。ゼロ・レイヌールだ」
「ふふふ、ゼロか……よい名だ、ゼロ!」
崩れかけた身体で冥界の伯爵が起き上がろうとする。手足は既になく、残った肘や膝を使ってどうにかその身を持ち上げていた。
「ゼロ! 危ないよ!」
ルシルが声を上げて注意をうながす。俺に迫る伯爵の起き上がった姿は、それでも俺の身長は軽く超える大きさだった。
「大丈夫だルシル、大丈夫」
巨体が近づいてくる。俺に向かって倒れ込んできそうな動きで。
「我が名はドラクール! 冥界の伯爵にしてヴァンパイアの王なり! その身を精霊界に囚われ長きを過ごしておったが、精霊界からのくびきを解き放つ宝玉の力を持ちてついにその身を冥界に移すことあたうなり!」
冥界の伯爵、ドラクールは俺の上にのしかかるようにして倒れてきた。
「儂はこれより冥界に帰還す! 勇者ゼロの剣と宝玉の力もて、儂は故郷に凱旋せり!!」
ドラクールが俺に倒れ込む直前に、その身体は塵となって霧散する。
俺には粉々になった霧状のモヤが降りかかってきた。
「ドラクール、冥界の伯爵か……」
俺の身体を塵が一周する。それは何者かの意思で動いているようだった。
「勇者ゼロ……冥界は安らぎの地ぞ……ふふふ……」
幻かもしれないが、塵の落ちる音の中にドラクールの声が聞こえたような気がする。
「大丈夫ゼロ!」
ルシルが舞っている塵を手で払いながら俺の所に駆け寄ってきた。
「もうこんなに砂まみれになっちゃって……」
いいながら俺の身体に積もっている塵を払ってくれる。
「ルシル、ドラクールの言っていた事……その宝玉」
「私も薄々感じていたんだ。精霊界とこの宝玉」
考えてみれば、空を飛んでいて幻の山を通過したにもこの宝玉が輝いていた。
そして平原の中で潜った洞窟、それを内部で通路を上ってかなり上まで、そう、元入った地面よりも高く上った時にも光っていた宝玉。
この部屋に入ってからはその輝きも増していたように思える。
「これは精霊界となにか関係がある玉なんじゃないだろうか」
「うん……私もそんな気がするよ」
俺たちが見つめる中で、銀枝の杖に付いた宝玉が光りを瞬かせていた。