精霊の空
離れた所から砕いてしまえば罠もなにもないだろう。そう思って俺は扉を破壊したのだが、その破片が散らばらずに宙を漂っていた。
「う、浮いている……だと……」
木でできていた扉は大小様々な破片になって目の前に浮いている。大きめの破片を剣で突くと、ふんわりと宙を漂いながら奥へと流れていく。
「扉の向こうが……」
俺は剣を使って浮いている破片を払いのける。そこから部屋の中が見えるのだが、そこは夜空のような空間が広がっていた。
「暗い中で星が光っているような、満天の夜空のような部屋……」
「綺麗……」
いやまあそうなのかも知れないが、洞窟の中にある空間としては異質だ。
「ちょっと待て、今床を調べてみる」
扉のこちら側は今まで通ってきたものと同じ洞窟だ。土を掘って作ったのだろう、剣で突けば土が少し削れる。
扉の向こう側に剣を伸ばす。真っ暗な中に剣を差し出すと、床の反応がある。叩くとコツコツと音がした。
「床は、ある。閃光の浮遊球を向けてみよう」
俺は手元にある閃光の浮遊球を部屋の中に放り込む。
光りはほとんど反射しないが、うっすらと床が見える。
「夜を真似て作っているのだろうが、やはり部屋は部屋だ。ほら」
俺は一歩部屋に踏み入るが、想定通り真っ暗な所に足が置かれる。部屋の中は闇夜の空ではなかった。
「だがこの浮いている破片は気になるな。なぜ浮いて……」
扉の破片をつまんで表や裏を見てみたが、得に問題もないただの板だ。
だが、手を放すと破片は床に落ちた。ごく当たり前のように。
「なんで落ちたのかな」
「ルシル、洞窟の方だと木の板は浮かないみたいだぞ」
「あ、本当だ! こっちだと扉の破片は床に落ちているね」
「ああ。それから見ると、部屋の中は何か不思議な力で浮力が発生しているのかもしれない。その証拠に……」
俺は部屋の中にもう一方の足も踏み入れた。
「俺の足下を見てくれ」
「えっと、どれどれ……あ! ゼロの足、少し浮いてる!!」
「そうなんだ。片足を入れた時からなにか柔らかい物の上に立っているような感じがしたんだ。もしかしてこの部屋は物体を浮かせる力が働いているんじゃないかってね」
「でも足が浮いていたら、滑るとかひっくり返るとか……大丈夫なの?」
「どうやら平気みたいだ。ふわふわした感覚はあるが天地はそのままだしつるつるするような感じもしないな。少し歩きにくいくらいかな」
「へ、へぇ……」
ルシルは腕を組んで考えている。険しい顔をして床の部分を見つめていた。
「ねえロイヤちゃん、ロイヤちゃんはこの部屋入ってみる?」
「え、ロイヤはこういうの平気だなん。入っていいのかなん?」
ロイヤは目を輝かせて部屋に入ろうとする。
「よし、俺が支えてやるから手を出しな……よし、ゆっくりな」
俺はロイヤの手をつかむと、ロイヤが転んだりしないようにゆっくりと部屋に引き入れた。
「うわぁ、本当だ、なんだかふわんふわんするなん!」
新しい感覚なのか、ロイヤは楽しそうに俺の周りをぐるぐると歩き回る。
「ほら、ルシルも入ってきなよ」
俺は手を伸ばしてルシルをいざなう。
おずおずと手を握るルシル。
「ゆっくり、ゆっくりね……」
「ああ大丈夫だ。ルシルの感覚に合わせて入ってくればいいさ」
「うん……」
恐る恐る一歩、また一歩と部屋に入る。
「きゃっ!」
ルシルの足が浮いている時にうまく体重移動ができなかったのか、身体がぐらついた。
「おっと」
俺はルシルの手を引っ張り自分の方へと引き寄せる。
「ひゃんっ」
ルシルは俺の胸に飛び込む形になってそのまま俺に抱きついた。勢い余って俺も足を滑らせて後ろ向きに倒れる。
「ゼロ、大丈夫?」
「あ、ああ。でもどこもぶつけなかったぞ」
「え……」
俺はひっくり返ったものの、頭も腰も床にはぶつからなかった。ルシルを抱えて倒れたまま宙に浮かんでいる状態だ。
「不思議……だな」
ルシルを抱きかかえてふわふわと漂っているそばで、ロイヤが面白そうに見ていた。