蜃気楼の山へ出立
地図職人の親方が言う話もなんとなく理解した。だからあの地域は地図が更新されないし、山についても追加の情報が無いというのだ。
こうなると実際に行ってみないと判らないだろうという事で、俺たちはウィブの背に乗って一路北西の山を目指す事にした。
「ユキネ、いろいろとありがとうな。助かったぞ」
「いいんだよゼロくん。私とあんたの仲じゃないか」
ルシルがちょっとむくれているようにも思えたが、今は気にしないでおこう。
「チュージ、君もここで一旦お別れだ。呪いに関してだけじゃなく他の事も世話になった。ありがとう」
「ゼロ様大丈夫だか? なんだったらおいらも付いていくだに」
「精霊界の事も絡んでくると、今まで以上に厳しい戦いになると思うんだ」
「それはおいらが足手まといという事だか……」
俺はゴブリンプリーストの頭を軽くなでる。
「チュージにはゴブリンの部族がいる。彼らを導いてやって欲しい。少し俺の所にいてもらった時間が長すぎたかもしれない。だから一度お前の仲間たちの所へ戻ってもらいたいんだ」
「それってどういう事ですだ?」
「チュージには頼みたい事がある。これを」
俺は小さく折りたたんだ紙をチュージに渡す。
「伝令のように使ってしまって悪いが、これをシルヴィアの所へ持って行ってもらいたいんだ」
「手紙、ですだか?」
「ああそうだ。頼めるか」
チュージは目を輝かせて大きくうなずく。
「任せてくだせ! 絶対あの商人さんに渡すですだよ!」
「よし、頼んだぞ。もしかしたらこれが戦いの趨勢を決める事になるかもしれない」
「判りましただ!」
俺は後の事をユキネとチュージに頼むと、既にルシルとロイヤが乗り込んでいるワイバーン用の鞍に飛び乗った。
「ウィブ、行こう!」
「お、出立してもいいかのう」
「ああ!」
ユキネたちが見守る中、ウィブは大きく皮翼をはためかせて地上から離れる。
段々とユキネたちが小さくなっていく。
「ロイヤ、もう何度も乗っているから判っていると思うが、命綱はつないでおけよ」
「判ったなん。しっかりつないでいるなん!」
ロイヤは楽しそうにつないでいる命綱を持ち上げて見せた。
既に飛び立ってしまった後だが、一応確認する。ワイバーンの背中から落ちては困るからな。
「どれどれ……って、これ、俺につながっているだけじゃないか」
「駄目なん?」
「いやいや、まず鞍に結びつけなくちゃ。ルシル、予備の命綱はあるか?」
「予備……ああ、鞍に備え付けてあったやつならあるけど、これでいいかな」
「十分それで用は足りる。よし、これをロイヤと鞍に結びつけて……と」
俺がロイヤを鞍につなぎ止めようとした時、ウィブが急旋回を始めた。
「どうしたウィブ!」
「見てもらいたいのう、この先だのう」
「えっ!?」
目の前に、うっすらとだが巨大な山がそびえ立っていた。
「ウィブ、構うな! このまま突っ込め!」
俺はこのまま突撃するようワイバーンに命令する。
「そ、それは……ええい、しっかりつかまっておるかのう!」
俺はロイヤの命綱をつなぎ終えて、目前に迫る山を凝視していた。