突然の高山
俺たちはユキネの後に付いて近くの地図工房へ行く。
そこには壮年の男性が若い地図職人にいろいろと指示を飛ばしている所だった。
「親方!」
「おうユキネの嬢ちゃんじゃねえか。どうした、また新しい町でも見つけたかい? まだ誰にも知られていない土地の情報だったら高く買うぜ」
「それはまた今度。今日来たのはね、ここ、この地図の北西の所にある大きな山のことなんだけど……」
ユキネが言い終わるか終わらないかの所で、地図職人の親方がユキネの持っていた地図を奪ってくしゃくしゃにしてしまった。
「なっ、なにをするんだ!」
「んだとこらぁ!」
俺が食ってかかろうとすると親方も同じように眉毛をつり上げて俺をにらみ返す。
「あっ!」
ユキネはなにかに気付いたようで、俺と親方の間に割って入る。
「ちょ、ちょちょ、ごめん親方! 私が悪かったから! ね、ゼロくんも落ち着いて!」
ユキネは身体の正面を俺に向けて、首と右腕を後ろにひねって親方を制止しようとしていた。
そのせいでユキネの身体が俺に押しつけられる状態になったのだが、ユキネはとにかくこの険悪な雰囲気をどうにかしようと必死になっている。
む、胸が俺に当たるんだが……ここは俺も冷静にだな……。
「すぅ……はぁ……。ユキネ、俺は大丈夫だ。大きな声を出して済まなかったな」
「けっ、判りゃあいいんだよ……」
親方は捨て台詞を吐いて近くにあった机の上に座った。
「ごめんね親方」
「もういい」
親方は腕を組んでそっぽを向いてしまう。
「なあユキネ、どういう事だよこれは」
「あのねゼロくん、私が持ってきた地図、あれね……」
ユキネが俺に耳打ちする。
「ここの工房と部数を競り合っている地図工房のやつだったの」
「ああ、競合相手のところの地図だったのか」
ユキネはうなずいて肯定した。
って、それくらいでヘソを曲げるなんて、職人っていうのは面倒な生き物だな。
「それでユキネの嬢ちゃん、地図の外枠に描いてある山の話だったな」
「うん」
親方は壁にある筒状に丸めた地図を一枚引っ張りだし、俺たちの前に広げて見せた。
「この山の事だろう」
「そう、そうなのよ。これって最近発見された山なのかしら」
「発見……そうだな、そう言われるとそうかも知れないが、この山は不思議なものでな」
「不思議?」
「おう、それまではあの辺りはなにも無い荒野がずっと広がっていて、行けども行けども荒れた土地で開拓もままならなかったんだよ」
親方は別の地図を広げる。そこには荒野の絵が描かれていた。
「この頃には、だ。荒野しかなかった。だが二年前だかに突然見えるようになったんだ。それがこの巨大な山なんだが」
俺は不思議に感じた事を聞いてみる。
「山が見つかったら探索に行った者もいただろう。冒険家とか」
「ああ、俺ら地図職人も冒険者を雇ったりして調査に向かわせたりもしたんだが、誰もその山にはたどり着けなかったらしい」
「たどり着けない?」
「そうだ。とある冒険者なんか、山が逃げるって言っていたくらいだからな」
追いつけない山……。
「だがそこに山が見えるんだよ、あの辺りにまで行くとな」
地図職人の親方が諦めにも近い表情でため息をついた。