火蜥蜴の革鎧
ロイヤが皮を大きく広げる。バサバサと漬け汁の色が染み込んだ皮を振ると、その度にしずくが宙に舞って虹色の光を放つ。
「ゼロちゃんゼロちゃん、来るなん!」
「え!?」
急に呼ばれて戸惑うが、ロイヤが視線で急げと言っているようで、慌ててロイヤのそばに行く。
「ドラゴンレザーから革鎧に変えるなん!!」
「ほえ?」
ロイヤは大きく皮を振り回して、俺の肩にかけた。
「そのままじっと、じっとなん!」
ロイヤがドラゴンレザーの上から俺の身体をペタペタと叩く。その度にしずくが飛び跳ね、俺の身体に沿った形が作られていった。
「ちょっ、これ……」
「動いちゃ駄目なん! じっとしているなん!」
俺の身体をなめるように叩いていく。皮の上からとは言っても、ちょっと敏感なところとかも平気で叩いてくるから、ちょっとどうしたらいいのか……。
何度も何度も俺の身体を叩きまくって、ようやくロイヤは手を止めた。
「うん、これでいいなん!」
ロイヤが叩き終える。俺の身体にはドラゴンの革を使った鎧が装着されていた。もうこれはドラゴンの皮ではなくドラゴン革鎧になっている。叩く事で水分が飛んだのかそういうスキルを使った工法なのかは判らないが、乾いた事できちんとなめされた革になっているのだ。
「凄い……俺の身体にピッタリだ……。でも服というよりはやはり鎧、胸当てや肩当ての部分は厚く硬くなっているし、腕や腰回りの駆動部はしなやかに動く」
「これがバウホルツ族に伝わる秘術なん。伝説の勇者にとってふさわしい革鎧なん。それに……」
ロイヤは明かり用に置いてあったランプを手にする。
「おい、なにを……あっ!」
俺が制止する間もなくロイヤがランプのカバーを開けて、火の点いた中のオイルごと鎧に振りかける。
「そんな事をしたら折角の鎧が燃え……え、ええっ!?」
ロイヤの投げたオイルは革鎧の上を弾いていく。
若い娘の肌が水を弾くように、鎧を火が避けるように散っていった。
「燃えないどころか火が触れた痕すら残っていない……」
「炎にも耐えられるから焼け焦げなんかできないなん。これが火蜥蜴の革鎧なん!」
「おお……」
普通のドラゴンではなく、レッドドラゴンだからできるという事なのだが、それでも炎の中でも燃え落ちない鎧というのは俺にとって非常に助かる。
「ふむ、温度変化無効のスキルを持っている俺だとしても、燃えるたびに裸になるのはどうかと思うからな。防御力という点ではやはり鎧を着ていた方がいいだろうし」
「ゼロは裸になった方が攻撃力が上がったりするんじゃないの?」
「ちょっ、ルシル、それどういう意味だよっ!」
「さあねえ。ゼロが全裸になる時って、私と敵だけじゃない事が多いからなあ~」
う~ん、思い当たる事もあったりなかったり……。
「いやいや、どんな時でも鎧があれば怪我も減るし、そのための防御だし!」
「うんうん、そうよね。まあゼロに傷を付けられる相手も限られているでしょうけどね、でもそれ、固いだけじゃなくて柔軟性もあるのね。面白いわ」
「あ、うん。それにとても軽いんだよな。動きの邪魔にならないし防御力も高い。それで炎耐性もあるって、凄い鎧だよ」
「ドラゴンを着ているって感じね」
ほう、ルシルは面白い事を言う。なるほどな、ドラゴンを着ている、か。
逆に言えば、ドラゴンを倒せるくらいの奴ならこの鎧も壊せるのかもしれないが、それも革になめした事とロイヤの特殊スキルで鎧に仕立てた事で、ドラゴンの頃よりも丈夫になっているといいな。
「これでヴァンパイア野郎にも対抗できるかもしれないぞ」
俺たちの話を耳にしてユキネが反応した。
「ヴァンパイアってなに? もしかしてそんな奴と戦おうとしているの!?」
「そう言えばユキネ、不死者という点では似ている部分もあるのか?」
「ちょっ、やめてよ! 私たち喰らう者とヴァンパイアを一緒にしないでよ!」
「いやすまん。その所俺もよく判っていなくてな。だが今面倒な事になっているのはそのヴァンパイアなんだよ。そのための対策として、火蜥蜴の革鎧を用意したというのもあるし」
言い訳をするつもりはないが、この状況を説明しなくてはならないな。
ここまで協力してもらったんだし、ユキネも知る権利があるだろう。
「判った、ちょっと長い話かもしれないが聴いてくれ」
俺は今まであったランカと冥界の伯爵について、ユキネに話して聞かせた。