漬け汁での蛋白分解
ロイヤはレッドドラゴンの皮を一所懸命になって水でゆすいだり、折りたたんで揉んだりしていた。その水はルシルがスキルで流していてくれたんだ。
俺は二人の脇に持ってきた樽をゆっくり下ろす。
「ルシル、お疲れな。ロイヤも」
「うん!」
「ゼロ、戻ってきたんだ~。ふぅ、ロイヤちゃん一旦止めていい?」
ルシルは海神の奔流を使い続けていた疲労もあって、肩で息をしている状況だ。
「うん、ありがとうルシルちゃん、またお願いなん」
「判った~。ちょっと休憩~」
ルシルは草むらに寝っ転がって大きく息を吐いた。
「それでロイヤ、皮のなめし具合はどうだ?」
「ほんとだったらもっといろいろな工程があるのなん、でもロイヤのスキルと水を使って、綺麗にするところまではできたなん」
うん、作業工程は説明してもらってもよく判らん。
「ユキネから借りたんだが、渋い物……これはどうかな」
「ん~、どれどれ」
俺が樽の蓋を開けたところでロイヤが液体に指を突っ込んで、ペロリとなめた。
「ふむ、むぐむぐ……」
「お、おい、大丈夫なのか!? ユキネ、これってなめても平気なやつなのか!?」
こんな時に慌ててしまうのもどうかと思うが、ユキネに確認をしてみる。
「う~ん、大丈夫じゃないかなあ。判んないけど」
「でもさ、これって動く死体を作る……ごほん、喰らう者の身体を維持するための液体だろう? 生きている者が口にしても……」
そう言いながらロイヤを見た時だった。
「うっ!」
「大丈夫かロイヤ!」
ロイヤは目を白黒させて指をもぐもぐしている。心ここにあらずといった様子だ。
「ロイヤ!」
俺はロイヤがくわえていた指を無理矢理引き抜いた。
「うっは! ぶはっ、ごほっごほっ……す……」
「す……?」
「凄い! これ凄いなん!!」
ロイヤは急に意識が戻ってきたかと思うと、大喜びで俺に飛びつく。
「この苦み、渋み、そして口の中の皮が溶けていくような痛み、これ、最高級の漬け汁なん!」
「お、おお、そうか。うん、いいやつだったらよかった、うん」
「これならドラゴンの固い肉も必要なところだけ残して溶かしたり、皮を強くしたりできるなん! ふおぉぉぉ~!!」
とても喜んでくれてよかった。よく考えると死体の保存方法だったりするんだから、これはエイブモズの町だから簡単に手に入ったのだと思う。
ロイヤが言うにはかなり良質の物らしいし。
「さあ、これでドラゴンレザーができるなん!!」
ロイヤはとってもウキウキワクワクしているようで、見ているこちらも嬉しくなる。
俺の気持ちを知ってか知らずか、ユキネは腕を組んで終始ニヤニヤと眺めていた。
「ここにドラゴンの肉片が残っていた事と、ここがエイブモズ……喰らう者の暮らす町だっていう事は、偶然と言うよりも必然だったのかもしれないな」
俺の言葉を聞いて、仰向けになりながらルシルがつぶやく。
「たまたまよ、たまたま」
う~ん、運命のいたずらか、それともたまたまか。どちらにせよ、火蜥蜴の革鎧にまた一歩近付いたという事だな。