カワハギ
凍ったままだったレッドドラゴンの破片が俺の炎でみるみる溶けていく。
「何年も氷漬けだったのに。今までどうやっても溶けなかったし、ツルハシでも傷一つ付かなかったのが……」
ユキネは溶けていく氷を眺めて驚きの表情を見せた。
そのユキネが腕を組むと、その腕の上に大きな胸が乗っかる。相変わらずの光景だ。
「いたたた、ルシル、耳を引っ張るなよ」
いきなりルシルが俺にいたずらをする。いや、いたずらの限度を超えていたりもするかな。耳がジンジンするよ。
「まったく、懲りないわねゼロも」
「それは誤解だ、な。そうだろユキネ」
「うふふっ、そうかしらね」
俺が矛先を向けようとしたが、ユキネは意味深長な態度で俺を笑う。
「そんな事より、ほら」
ユキネがうながすままに、俺たちは溶けたレッドドラゴンの破片を見る。
既に解凍された肉片は、みずみずしい姿をそこに留めていた。
「レッドドラゴン……。その皮膚がこれか」
肉片の端に貼り付いている硬い皮膚。気にしてはいなかったが確かに魚の鱗とは違う、硬質化した皮膚が鱗状になっているものだった。
「ねえゼロ、見て。凍っていたのも凄いけど、あれだけの炎で炙られたのに……」
「焦げた痕がまったくないな」
「そうなのよ」
肉片といっても人間の子供くらいの大きさがある塊だ。それが瞬時に溶けるという事も不思議だし、焼け焦げも無いのは奇妙だ。
「死してもなお魔力を帯びたドラゴンの肉体というものか。確かにこれは珍しいな。どれ、皮を剥いでみようか」
俺はユキネから借りた肉切り包丁で肉と皮の間に差し込もうとした。
「なにっ、適度な弾力はあるのに包丁が入らない!」
「うそっ、なにそれ! ちょっと貸して!」
ルシルが俺から包丁を奪い取って、ドラゴンの肉片に挑む。
だがどれだけ頑張っても肉片を切り分けるどころか刃すら入らなかった。
「本当だ、全然包丁が入らない……」
肉は肉でもただの肉じゃなかったのだ。ドラゴンは肉片になっても一筋縄ではいかない存在なのか。
「ちょっとゼロくん、あんたの剣を使ってみてくれないかな?」
「剣? 超覚醒剣グラディエイトの事か?」
ユキネは大きくうなずく。
「その腰の剣から異常なまでの魔力を感じるの。これは私が喰らう者だから判る事かもしれないけれど、異世界につながる魔力というのかしら、ただの強化魔力とは違うなにかを感じるわ」
「そうか? この剣はこの前の戦いで一度刃が砕けて、それを俺が魔力でつなぎ止めた奴なんだが」
俺は剣を抜き払う。砕けた刃はその隙間さえ見えず、完璧に魔力で接合されていた。はた目から見れば、剣が砕けた事も気が付かないくらいの滑らかさだ。
「その剣で肉片を切ってみて」
「あ、ああ」
俺は言われるがまま、超覚醒剣グラディエイトでドラゴンの肉片に斬りかかる。
「おっ」
俺の剣はバターを、いや柔らかい泥団子を切るかのように、すんなりとドラゴンの肉と皮を切り分けた。
「その剣はこの世のものならざる力を帯びているのね。ドラゴンの身体とはいえ現世の物体。その剣であれば別の世界の力を引き出して、ドラゴンの身体ですら簡単に切り裂いてしまうのね」
「ユキネ、現世とか、お前も一応は科学と魔力の研究者だろう? そんな精神的な話ってあるのかよ」
「そう? 私は精霊科学とかも研究しているから、精霊界についてもある程度知っているけど」
「精霊界?」
「ええ。私たちが住むこの世界とはまた別の世界。精霊たちの住む異世界の事よ」
「この剣はその異世界の力を持っていると言うのか……」
「そうでもなければこんな簡単にドラゴンの肉を切れたりしないわよ」
言われてみるとそうなんだが、精霊界だって? にわかには信じられないが……だが、火蜥蜴も精霊であれば、奇妙なつながりがあったものだ。
「ともかく、このレッドドラゴンの皮、これを使って革鎧を作らないとな」
俺は剥いだばかりの皮をコボルトのロイヤに手渡した。
「凄いなん、まだぬくもりのようなものを感じるなん……」
ロイヤがつぶやいたように、うっすらと湯気だか陽炎だかが立っているようにも見える。
まあ、俺には温度変化無効のスキルがあるから、温かみは感じられないのだがな。