撤退戦と各地の動向
ヒルジャイアントたちの脱走劇に加え、王国軍に衝撃を与えたのは最高司令官であった国王の実弟、ゴーヨック公爵の事故死だった。
開けた平野にひときわ大きい天幕という事もあったが、まさに青天の霹靂。比喩でもことわざでもなく晴れた空に突然現れた雷によって王弟は死んだ。
「ゼンさん、あんたみたいな強い戦士がいてくれて助かったよ。あたしたちだけじゃ混乱したまま魔族たちにやられちゃっていたかもしれない……。考えたくはないけど」
俺に話しかけるのは一般兵の少女、ヒマワリ。火守り役として隊のかまどやたいまつの管理など、火の周りに関する仕事が多い、どちらかというと後方支援兵だ。
「現場の指揮官たちはいたんだろう?」
「それが、騒ぎになってからすぐどこかに逃げちゃってさ。勝っているっていうか、攻めている時は調子のいい事を言っていたのにね、いざ不利な状況になるとあたしたち一般の兵士を置いて逃げちゃうんだからたまんないよ」
俺は撤退する王国軍と共にムサボール王国の王都を目指している。
形の上では殿を務めているが、その実態は俺が魔族の軍団へ少し顔を見せるだけ。そうすれば魔族の方から引いてくれる。俺は戦った振りをして戻るの繰り返しだった。
たまに事情を知らない奴らが別の王国兵を襲ったりするが、そればかりは俺一人ではどうしようもないと諦めている。
「ゼンさんがにらみを利かせてくれるだけであたしたちは安全に引き上げられるのはほんとよかった」
結果として、俺の近くで見ている王国の兵士たちには評判がいい。
「だがそこまでして王国に義理立てする必要があるのか?」
「う~ん、義理という事でもないんだよ。あたしにはまだ小さい弟がいてさ、父ちゃんは兵隊で帰ってこなくて母ちゃんは弟を産んだ時に死んじゃってね」
あっけらかんとヒマワリはそう答える。
「そうか、悪い事を聞いたな」
「ううん、今はどこでも同じ、あたしみたいなのはいっぱいいるよ。でもさ、どうにか食わせていかなくちゃならないんだけど、このところの国も出兵ばかりで税も増えてね……。あたしだってもっと平和で生活ができる所があれば、弟と一緒に移りたいんだけどさ。国境を越えると強い魔物がわんさかいるし。そうなると王国からは出られないんだよね」
俺は歩きながら頭の後ろで腕を組んで話を聴く。
似たような愚痴はどこでも聞こえてくる。
「やはりな。俺は旅の傭兵だから危険は承知の上だが、それでも落ち着ける場所が欲しいと思うよ」
「そうだよね、判るよ~。あたしたち一般の兵士なんて皆同じようなものさ。上の連中がもう少しあたしたちの事を考えてくれたらなあ」
「上ってあれか、貴族とか国王……」
ヒマワリは俺の言葉を遮る。
「ちょっと、滅多な事を言わない方がいいよ。あたしもちょっと言い過ぎた、この話はもうおしまいだよ、いいね」
「ああ……」
そんな時だった。もうすぐ国境が見えてくるというところでその国境の方角から一人の兵士が走ってきた。
「おいどうした、そんなに急いで。殿は俺たちだからここから先に生きている王国の兵はいないぞ」
「そうか、伝令だ。ここが最後尾なら俺の役目も終わりかな」
「おう、早く言いな」
「王宮が魔族に攻められている。至急救援に来られたし、以上!」
「おいおい王宮ってどういうことだよ。まさか、町が魔族に攻撃されているって事か!」
「そうだ、各地で武装蜂起や魔族の反撃にあって軍は全戦全敗、壊滅状態だ。ここまで無事な遠征部隊はお前たちくらいなものだぞ」
伝令の話に兵士たちの顔から血の気が引く。
「それは何の冗談だよ……」
信じられない、信じたくない兵士たちはお互いの顔を見合わせてどうしようか相談し始める。
まとめる奴がいないとすぐこれだ。
「俺たちだって魔族の軍団に追われている状態で相談事なんかしている場合じゃないだろ」
「ゼンさん……そうだ、あんた俺たちの指揮を執ってくれないか。俺たちは戦術とかはよく判らない。かといってバラバラに逃げるわけにもいかない。こんな所で魔族にやられたくもない。あんたなら少なくとも俺たちの誰よりも戦いに慣れている」
兵士たちの困り顔が俺に集中する。
「俺は傭兵だ、報酬次第で考えてもいいが」
「おい、皆報酬って持ち寄れるか、何か出せるか?」
「それよりももらいたいものがある」
俺は兵士たちに条件を提示した。それを聞いて兵士たちの表情が変わった。