人質の罠
無抵抗だ。大罪の清算でランカは俺たちへの敵意を封じられている。
敵意を持ってもいいが、俺たちに牙を剥いた時点で自分の心臓が破裂する訳だ。
「くっ、逃げ……」
ランカの選択はそうならざるを得ないだろうな。自分は攻撃をできない。誰かに攻撃させようにも、オークどもは俺に蹴散らされ、召喚しようとした大きな手も潰された。その手の先に巨大な身体があったかどうかは判らないが、出る暇さえ与えなかったから。
「ねえ、もういいよね。ゼロは今まで許してあげていた……のかな? 殺さずにいたけどさ、厄介事を持ってくるなら、腐った木は根元から切り倒さなきゃ駄目だよね」
ルシルは両手の電撃をランカに向ける。
「焼け焦げなさいな!」
「ぴぎゃっ!」
ランカは必死になって電撃から逃げようとするが、跳んだ先に次の雷が落ちていく。
「こうなったら……」
ランカの身体が崩れて血の塊になろうとしたところで、巨大な熱量を帯びた雷が落ちた。
「血って、よく電気を通すみたいね?」
口の端だけで笑うルシル。
これは本気で怒っているぞ……。
「ぐ、くくっ……」
血の塊に変化することもできずに全身電撃で火傷を負ったランカが、よろよろと立ち上がった。
「に、逃げ……ないと……」
今度はわざと、ランカに直撃しないようルシルの電撃がランカの足下を地面をなめる。
「ひっ、ひいっ!」
既に電撃に恐れおののいているランカは、涙も鼻水もよだれも垂れ流しながら落雷のたびに身体をこわばらせて跳び上がっていた。
「お、おたしゅ……おたしゅけ……」
ランカはついにへたり込んでしまい、哀れな顔でルシルを見上げている。
「そうね、ここまでなぶっていたら逆に私が悪いみたいに思えてしまうものね」
「しょ、しょれなら……」
「いいわ、助けてあげる。解放してあげるわ」
ルシルの言葉を聞いて、ランカの顔から少しだけ安堵の表情が浮かんだ。
「その身体から魂を解放してあげる。それでおしまいにしましょう」
「ひぃっ!」
それだとランカの命もおしまいになってしまうな。
高々と掲げたルシルの右手に、今までにない大きな電撃の塊が作り出された。
「さよなら」
そう言い放ってルシルは電撃をランカに向けて発射する。
「ひびゃぁ!」
ランカは身体をよじって少しでも直撃を避けようとあがいていた。
それが効果あったのか、電撃がランカから少しずれた所へ着地する。
辺りを轟音が満たし、土煙がもうもうと上がって視界をふさぐ。
「ん……?」
煙が収まった頃、地面には大きな穴が空いていた。
電撃やその爆発でできる穴には思えないが……。
「ふっ、ふひゃひゃひゃ!!」
穴の下から気の抜けた笑い声が聞こえる。ランカはまだ生きているのだ。
「そうか、地下坑道!」
抜け道としてロイヤに掘らせていた地下の通路が屋敷から延びていた、まさにここがその坑道だった。
「おやおやおや! これは苦しくない! なるほどなぁ!!」
「なにを……くそっ!」
苦しい苦しくないの意味が判った。
穴の中でランカとロイヤ、そしてチュージの姿が見える。
たまたま逃げようとしたロイヤとチュージをランカは坑道の中で見つけ、捕まえたのだ。
左腕でロイヤの背後から首を絞める格好になり、右手の伸びた爪でロイヤの首筋に傷を付けている。
「このコボルト、我が傷を付けても我の胸は苦しくならんなあ! 殺生が禁じられている訳ではないようだぞ! ふははは! 苦しゅうない、苦しゅうないぞぉ!!」
その通りだ。コボルトのロイヤは俺たちが助けたとはいえ、大罪の清算で守られている仲間の扱いにはなっていない。大罪の清算の範囲外であれば、ランカが敵意を持とうが殺意を持とうが呪詛には関係ない。
「ロイヤを……放せ」
俺は穴の上からランカに命じる。
当然、ランカは不敵な笑みを浮かべて俺に応えた。
「嫌なことだねえ……ふひひっ」
それと同時に、ランカの爪がロイヤの首から胸にかけて、細い血の筋を作る。
「ほらぁ、痛くない、我は痛くないぞぉ!?」
「い、痛い……痛いなん……」
必死で痛みをこらえるロイヤと傷を付けても呪詛の痛みを感じないランカ。
「これで形勢逆転、我はゆっくりと退散させてもらおうか……」
ランカはロイヤを抱えながら、瓦礫を登り始めた。