宴の準備
こんな集団に囲まれるのは久し振りだ。俺たちの屋敷を取り囲むようにしてオークの軍団がひしめき合っている。
屋敷から軍団まではおよそ馬十頭分程度か。駆け足で数秒もあれば屋敷にたどり着けてしまう。それをあえて近寄らず、円形に包囲しているのは意図あっての事か。
「逆に、ここまで密集して包囲していたら、弓矢は使えないだろうな」
「そうね、飛びすぎたら味方にも当たっちゃうからね、普通なら飛び道具なんて使わないのでしょうけど……でも相手はオークだから」
ルシルの言うように、オークどもは軍勢としても質が低そうで、向かい側にいる味方のことなど考えてもいないだろう。装備はまちまちで整備もされておらず、鎧も着けていたり着けていなかったり、着ていたとしても鉄の胸当てや革の肩当てなど、統一感もない。武器は種類もまちまちで剣や斧は錆びたり歯が欠けていたりする。
「まずは口上を聞こうか。チュージとロイヤは地下の貯蔵室に隠れていてくれ。屋敷が吹き飛んでも地下ならそれなりに安全だろう」
俺はゴブリンプリーストのチュージとコボルトの族長ロイヤに指示を出す。
「うん、ロイヤこういう時のために地下は頑丈に作っておいたのなん」
「でもロイヤちゃん、おいら地下で生き埋めはおっかねえですだよ」
「だいじょうぶなんチュージちゃん、換気装置も作ってあるから地下にいても息はできるのなん。それに抜け道も作ってあるから何かあったらそこから逃げられるのなん」
ほう、そこまで整備していたのか。俺の知らない間に、ロイヤはいろいろと改造をしていたらしい。
「女の子二人で不安かもしれないが、身を隠しておいてくれ。いいな」
「判ったのなん」
「お、おっかねえだが、頑張るですだよ……」
俺は床にある隠し扉から地下に潜っていくチュージたちを見送る。
「さてと」
開け放たれた正面の扉からは外が見えるが、チュージたちの隠し扉は柱の陰になっていて外からは見えないようになっている。
「それで、いったいどうしたと言うんだね? 急な訪問、予定にはなかったと思うが」
俺はゆっくりと屋敷を出て、ルシルがそれに続く。
後ろでルシルが扉を閉める音がした。
「あからさまに俺の屋敷を囲んでいるが、何か用があってのことなのだろう? 話なら聴こうじゃないか」
俺は動作をゆっくりにして相手を刺激しないように振る舞う。
「全員というわけにはいかないが、多少であれば宴席の用意もできるぞ」
俺が優しく話しかけてやっていると、いきなりオークの軍団から一本の矢が飛んでくる。地面と平行して直線的に飛ぶその矢は、恐らく石弓から放たれたものだろう。
「ふむ」
俺は事も無げにその矢を空中でつかみ取り、正反対に向きを変えて元来た方へとダーツのように投げ返す。
「ぶぎゃっ!」
石弓を構えていたオークが一匹、無様な鳴き声を発してひっくり返った。
「ぶぎっ!」
「ふぎぃぃ!!」
オークどもがブヒブヒと騒ぎ始める。
「黙れいっ!!」
俺が一喝すると、数千匹のオークは一斉に静まった。ふむ、俺の威圧もこの程度ならまだまだ余裕で使えるな。
「余計な真似をするからだ。他にも俺の話を邪魔しようとする奴はいるか?」
俺は辺りを見回すが、オークどもは視線を逸らして応えようともしなかった。