未必の故意
部屋の片隅でうずくまっているランカ。毛布を身体に巻き付けて小さく縮こまっている。
「ねえゼロ、あれもういい加減解放してあげたら?」
ルシルはうんざりした様子でランカの事を俺に尋ねた。
「いやいや、ルシルだって判っているだろう。俺が別に拘束したくてここに置いているんじゃないんだって」
「そうだけどさあ、ああやてずっと隅っこで暮らしている姿を毎日見ているとさ、なんかこっちまでぐでーっとしちゃうっていうか……気が滅入るのよね~」
ルシルの気持ちは判らないでもない。言葉には出さないが、チュージもロイヤも同じように感じているみたいだしな。
ウィブはワイバーンだからかどうかは判らないが、あいつだけは特に気にした様子もなかったが。
「無理矢理追い出そうとしても、あそこで膝を抱えてガタガタしているだけだしなあ。ヴァンパイアだからか水も食料も摂らずにずっとああしているなんて、俺からしたら考えられないよ……」
ランカは大罪の清算をかけられてからずっとこの状態で、俺たちに敵対するでもなく、逃げ出そうとするでもなく。
一度は力尽くでつまみ出そうとしたけど、その時は血だまりになってつかませない。袋詰めとか瓶詰めにしようとしたけど、血でできたスライムみたいに、ヌルッと逃げ出してしまう。
「ほんと、もう一度焼いてやろうかとも思ったけど……まあ放っておこう。俺たちに危害は加えられないのだからな」
「そりゃあね、大罪の清算をかけているんだから、敵対はできないけどさ」
大罪の清算は術者や術者の認めた対象に攻撃意思を持って敵対した時に、心臓が張り裂けて死に至るというとんでもない恐ろしい呪詛だ。
「そうだよなあ。そんなのをかけられたら、自殺志願者でもなければ攻撃はしてこないけどさ」
「あれだけ殺せ殺せ言っていたのにね。口先だけだったかあ」
「まあそう言うなよ、誰だって自分の命を懸けてまでやり遂げようなんていう事はそれ程無いだろう。口だけならともかくな」
「口だけねえ」
聞こえよがしに話していると、ところどころでランカがピクリと反応するが、それでも別の行動に移るような事はなかった。
「そう言えばルシルは魔王だった時さ、なんで俺に大罪の清算を使わなかったんだ? あれだったら俺を殺す事だってできただろう」
「そ、それ、今聴く!?」
「なんでそんなに慌てているんだよ。別にいいだろ、ちょっと気になっただけだからさ」
「そそそ、そうだけどさ、ちょっと私にも心の準備というかなんというか……」
敵対していた時の攻撃手段として、どうして使わなかったんだろうっていう素直な疑問だったんだが。
「別に他意があった訳じゃないけどさ、ほ、ほら、あの時ゼロは私たちに捕まえさせなかったでしょ!? 常に動いていたし、そう、私がゼロに呪詛をかけてさ、胸に手を当てる暇もくれなかったでしょ、そうよ! そうそう、忙しくってかけられなかった、そういう事よ!」
「なんだか急にまくし立てて……。まあいいけどさ。それを食らっていたら俺は生きていなかっただろうから」
「そ、そうだよね、あの時やっていればねー、あー惜しかったなーうんうん」
なんかルシルは一人で納得しているようで、どうもしっくりこないが。まあいいや。
「でもさ、わざとじゃないけど、もし何かあった時に誰かが死んじゃってもいいかなあ、って事故が起きるように仕込むとかさ、そういうのあるだろう?」
「わざと? 斧のくさびを緩めておいて、使おうとしたら柄が抜けちゃうようにするとか?」
「極端だけどそんな所かな。椅子の脚に切り込みを入れておいて、座ったら椅子の脚が折れて大怪我しちゃうとかさ、そう言うの……」
「あー、それね。うんうん、確かあれよあれ。えっとね、そう!」
悩んでいたルシルの顔がぱっと明るくなる。
「確かね、秘密の恋! とか言ったかな」
「あー、未必の故意な。思い出した、ありがとう」
「えっ、あっ……もうっ!」
ルシルはむくれながらも恥ずかしそうに俺をグーでポコポコ叩いてきた。
「いやいや待てって。だからランカがさ、その未必の故意を仕掛けてきたとして、完全な殺意じゃないなら心臓が破裂しないで済んだりするのかな、って思ってさ」
「え、ああ……そうね」
悩みながら俺をポコポコ叩くのはやめない。
「できるんじゃないかな。直接的な殺意じゃないし」
「という事は、誰かに攻撃させるとか、罠を張るとかしても大罪の清算は発動しない?」
「うん、多分。でもさあゼロ、大丈夫かどうかなんてやってみないと判らないでしょ? 賭けとしても勝率は低いしリスクの方が高いよね」
確かにそれはルシルの言う通りなんだが。相手は長命を生きるヴァンパイア。俺たちとは命の価値観そのものが違うかもしれないんだ。
そう考えると薄ら寒くなってきた。
「罠……か。気をつけるに越した事はないな」
「そうだね」
ランカがまたピクリと動いた気がする。