液体なら焼けばいい
ランカは俺に足をつかまれているために、逆さ吊りの状態になっている。えぐった腹が痛むが、俺に抱きついた状態のルシルが治癒をかけてくれているからどうにか戦えそうだが。
「このランカ様を捕まえたつもりでいるだろうけど、逆を言えばこちらにも攻撃しやすい場所があるって言う事よね!?」
天地逆さまになれば動きが制限されるというのは普通の概念。だが、逆さまである事に日頃から慣れている者や訓練している者にしてみれば、それは制限にならない。
「この位置なら……ルシルを狙えるという事か! いや、させんぞっ!」
俺はランカの足をつかんだまま振り回す。足と共に主導権はこっちが握っているんだ、自由に攻撃などさせるものか!
空中で振り回されながらもランカは血を手の中に凝縮させている。
「またあの剣を作られたら面倒だ……てぇぃ!」
俺は振り回していたランカに手にしている剣を突き立てようとした。身体を貫通できればよし、少なくとも足だけでも切断できれば相手の動きを多少は制限できる。
「ふふっ、狙いは足か……ならば、いつまでもこうして振り回されているわけにもいかないでしょうねぇ!」
ランカをつかんでいた左手に抵抗感がなくなった。ランカの身体は一瞬にして血の塊になり、地面に落ちた。
いや、落ちたと言うよりこぼれたと言うような状態だ。
「液体……血になる、だとっ!?」
地面にぶちまけられた血は徐々に集まって弾力性のある塊になってきた。ブヨブヨのスライムみたいにだ。
「ブラッティプティング……。血のスライムね。こんなものにも変化できるなんて」
「ルシル……」
「傷はもう大丈夫だと思う。失われた組織も蘇生させたから」
「助かった。あの状況でよく治してくれたよ」
「いいの。でも前のマント男といい、気体や液体とか不定形の物に姿を変えられるのは面倒よね」
確かにルシルが言う通り、身体がないような奴は扱いに困る。
「だが相手はスライムみたいな物。液体ならまだやりようはあるだろう。Sランクスキル発動、風炎陣の舞。あのスライムを炎の壁で囲う」
「マント男を岩の壁で動けないようにしたのと同じね」
「そう言う事だ」
俺はスライムが中心に来るよう炎を操って、そのブヨブヨとした塊を炙っていく。水分が抜けて徐々に大きさが縮んでいっている。
「ちょっ、なんて事をするんだよ! 液体になれば逃げられると思ったのに!」
「そう簡単に逃がすと思ったか」
「な、なら地面に染み込んで……冷たいっ! こ、これは氷!」
地面は一帯を凍らせてある。この状態では土の中に染み込んでいく事はできないだろう。
「氷の上で炎が壁を作るとか、見ているとなかなか不思議な光景だがな。これも俺のスキルだからできるようなものだ」
「う、くうっ、それでは……」
赤いスライムはまたなにかの形になろうとしている。
「こ、こんなに小さな女の子を火炙りにしようというのか、え?」
赤髪の少女に変化したランカ。皮膚のあちこちが火傷を負っている状態で、その傷も広がっていく。
「悪いがその効果はないと思え。俺は敵対する者であれば老若男女関係ない。子供だからといって素直にはいそうですかと殺されたりはしないし、殺そうと思っている相手には子供でも手加減しない」
俺は冷ややかな眼差しをランカに向ける。
「それにお前は身体を好きなように変えられるからな。見た目は少女でも中身はジジイかもしれない。数百年生きた老獪なアンデッドだったら不思議でもないし」
「ぐ……お前、そこまで読んでいたのか……」
お、もしかして当てずっぽうだったけど案外核心を突いていたとか?
「とにかく焼いてしまえばだいたいの敵は滅ぼせる。お前もその一つだよ、ランカとやら」
「くっそう、畜生! チクショウ!! このランカ様がこんな若造に! いいようにやられて挙げ句の果てには焼かれてこの命を終えようというのか!」
ほう、覚悟を決めたのか諦めたのか。
「だがこのランカ様は滅ぶとしてもただでは済まんぞ!」
ランカは両手を天に向けて突き上げる。
「おじいさま! この不肖の孫、ランカはここまででございます! ですがどうかご高覧あれ! かなわぬまでも一矢報いて……」
「ええいうるさい、どうせ自爆でもしようというのだろうが、そうはさせないぞ」
俺は火力を高めてランカの周りにある酸素を一気に消滅させた。
「ひうっ!」
呼吸のできない状態になって、ランカは意識を失って倒れる。