呪法を操る体術使い
俺の硬直は解けた。だがチュージが俺に手を差し伸べた姿のまま、石と化してしまっている。呪法というのか、チュージの身体だけが石化しているため、着ている衣服は変化がない。見ようによっては石のマネキンが神官服を着ているようにも思える姿だ。
「解呪じゃなくて……呪いの効果を移すなんて……」
ルシルは電撃を赤髪の少女へ放ちながらも石化したチュージの姿を見て意識が逸れる。
「だから言った、甘いとね!」
ほんの一瞬だった。ルシルが視線を外した瞬間に赤髪の少女がルシルに跳び蹴りを入れる。
「がはっ!」
「ルシルっ!」
ルシルは派手に吹き飛んで広間の壁に叩き付けられた。
「よくもっ!」
俺はまだ痺れが残る身体で少女に向かって駆け出す。
「ははっ、流石にこのランカ様の呪法も効果が終わったみたいだな!」
俺の振り下ろした剣が赤髪の、ランカと名乗った少女の顔をかすめる。
左目上下にうっすらと血がにじみ出たが、薄皮を一枚引っ掻いた程度に過ぎない。
「こらこら、女の子の顔をなんだと思っているんだい?」
ランカは低く身体をかがませると、一気に俺の懐へ飛び込んで来た。
「この代償は高く付くよ!」
ランカが後ろ宙返りの要領で飛び跳ねた時、俺のアゴを蹴り上げたのだ。至近距離から一気に間合いを空ける。
俺はその衝撃でのけぞりながらも倒れないように踏ん張った。
口の中が切れて血の味がする。少し舌でも噛んだか。
「なかなかの体術だな」
俺は口の端から垂れてきた血を左の拳でぬぐい取る。
口を開けてアゴを動かしてみると、すこしゴキゴキと音が鳴った。
「ランカ様の蹴りを受けて吹っ飛ばないなんて、結構やるんだねあんた」
「それはどうも」
間合いが取れた分俺も剣を構える余裕ができる。右足を後ろに引き、腰を落として相手の速攻に対応できるよう全身のバネを溜めていく。
「ルシル大丈夫か」
どうにか起き上がってきたルシルがすり足で俺の側へと近付いてきた。
「なんとか……あばらの何本かはやられたと思うけど、後で治癒をかければ」
「痛いところ済まないな。早く片付けるから」
「いいのよ、死んだら痛いなんて言っていられないし」
ルシルも戦闘態勢を立て直す。開いた手に電撃をまとって、バチバチと音を立てていた。
「あらあら、仲のよい事ね。妬けちゃうわ」
ランカは皮肉を込めて俺たちをあざ笑う。
「その余裕、いつまで続くかな?」
俺は右、ルシルは左へとゆっくり広がっていく。会話を続ける間に戦闘が有利になるような位置取りを行えるように。
「余裕? それはあんたたちが死ぬまでずっと、よ!」
ランカがまた瞬間的に間合いを詰めようとしている。
「Rランクスキル発動、岩の板壁!」
俺は目の前に岩の壁を出現させた。
「こんな岩、このランカ様を止められると思ったの!?」
ランカは俺の作った壁など物ともせずに蹴りで破壊する。
「だがお前の視線は止められたぞ」
壁を破壊して突き進んできたランカの前に俺はいない。壁を目隠しにした状態で上に跳び上がり、ランカの頭上から剣を振り下ろす。
「上かっ!」
俺とランカの視線が交錯する。身構えようとするが壁を破壊した後の隙はまだ残っているからな!
「下もよっ! Rランクスキル海神の奔流っ!」
そのランカが俺を見上げている足下にルシルの水流が勢いよく襲いかかる。足の踏ん張りが利かないランカが仰向けに転びそうになった。このまま押し切れば、この赤髪の少女を倒せるかもしれない!
「いいところ突いてきたね! でもまだ、まだよっ!」
ランカは少しだけ残っていた岩の壁に蹴りを入れると、仰向けで倒れた状態のまま滑っていく。その一瞬で躱された俺の剣は、ただ床を破壊しただけになってしまった。
「逃がすかっ!」
俺も床を蹴ってランカを追う。上からつり上げられるような不自然な動きでランカが起き上がる丁度その場所に肩から体当たりをかける状態になった。
「くはっ!」
俺の体当たりをまともに身体で受けたランカの肺から空気が絞り出される。
そのままランカは館の入り口から吹っ飛んでいき、外にある塀に激突した。