強大な圧力
赤髪の少女が俺をにらみつけた。今まで長い事忘れていた感覚が俺に宿る。
「この圧力は……ドラゴンか。それに、俺がまだ勇者になる前、王国の衛士だった頃に感じた物に近い……」
冷や汗が出てきた。ドラゴンは過去に何度も倒してきたが、目の前にいる少女が放つ圧力は、俺が初めて対峙したドラゴンに勝るとも劣らない。
「俺が、この女の子に恐怖を感じている……だと」
俺の身体が震える。つま先から順に震えが上がっていくようだ。
「面白い、これが武者震いという奴か。久し振りに戦い甲斐がありそうだな」
「ゼロ、顔が真っ青だよ、大丈夫?」
「さあな。だがこんな感覚は最近無かったからな」
俺は剣を構えて少女をにらみ返した。
「これは楽しみだ!」
俺の意識を飛ばそうとしたその呪法とやらも関係してくるのだろうか。見た目は小さい少女が嫌に大きく感じる。
「ルシル、みんな、ここは俺に任せろ!」
「う、うん……。この殺意、ゼロに向けられている物だっていう認識はあるんだけど、それでも私の身がすくんで……」
「ルシルはロイヤとチュージを連れてウィブの所へ。ウィブ、天井脇の大窓からみんなを連れて逃げろ!」
じりじりと亀のように遅い動きだが、それでもこの圧力に耐えながらルシルたちがウィブのそばへと移動する。
「へぇ、ワイバーンが部屋の中にいるのはおかしいと思ったけど、あの天窓だったら確かに通り抜けできる大きさだねえ」
赤髪の少女は面白そうに金色の瞳を天井脇の大窓へと向けた。その一瞬、ルシルたちにも圧力がゆるんだのか、一斉にウィブの元へ駆け寄る。
それに合わせて俺も動けるようになって、一気に赤髪の少女へ間合いを詰めようとした。
「Sランクスキル発動、超加速走駆! 突っ込めっ!!」
俺は持てる限りの力を発現させて少女へと突撃をかける。
「甘い、甘いなあ!」
少女は改めて俺を見た。視線が俺に向かった事でウィブも動く事ができたようだ。天窓に向けて大きく羽ばたいていた。
「かっ、身体が膠着して……動かない、だとっ!?」
少女は意識を俺だけに集中したからだろうか。今までとは比べものにならないくらい俺に圧力がかかってきた。
「超加速走駆の勢いまで吸収してしまうとはな……」
俺の身体が石のように硬い。走っているつもりでも歩いている速度よりも遅いじゃないか!!
「こ、これは石化……!?」
俺の手足が徐々に灰色に染まっていき、硬くなっていく。石になりつつあって、感覚も段々と失われていった。
「ゼロ!」
「ゼロ様!」
飛び立ったウィブの背中からルシルとチュージが飛び降りる。
「お前たち、さっさと逃げろ!」
「そうはいきませんですだ!」
「そうよ!」
チュージがなにやら神聖魔法に類するスキルを発動させて俺に力を注いでくれた。
その隣でルシルが両手を少女に向けて電撃を放つ。
「チュージ! 私がこの赤い奴を止めている間に、ゼロを!」
「お任せ下さいですだルシル様!」
二人とも危険な目に遭わせてしまって済まない。
俺はしゃべる事もできなくなった口を精一杯動かそうとするが、声にもできなかった。
「おいらが解呪しやすから、ゼロ様、こんな奴やっつけてくだせえ!」
チュージの両手が明るく光る。
よせっ、お前のやろうとしている事は、もしや……!
「ゼロ様、勝って……くだせえ……」
俺の身体から薄皮が剥がれるように石の膜が落ちていく。
「チュージ……」
チュージは返事をしない。
ゆっくりとチュージの方をみると、彼女の身体は呪いを一身に受けて石と化していた。