ドラゴンへの憧れ
口の中の火傷を治癒のスキルで回復してもらったウィブは、真剣な面持ちで俺たちを見る。
まあ、ワイバーンの顔で真剣かどうかなんてよく判らないんだがな、なんとかく、感覚でだ。
「儂が感じたものがのう、どうやらこやつ、儂と同じような匂いがしてのう」
「同じような? 泥というか、リザクールの欠片の事か? それともリザクールがかけた炎の呪いの事か」
「ふむ、どちらとも言えてどちらとも言えんかのう……。強者に対する憧れとでも言ったらいいのかのう。それを強く感じる想いが駆け抜けた、そんな感じかのう」
「なるほど」
よく判らん。
ウィブは確かに強者に対する憧れ、ドラゴンに対する嫉妬や憧憬という物を胸に秘めている事は知っていた。だが生まれた種族がワイバーンなのだ、ドラゴンではない。
だからこそブレスを吐く事ができただけで大喜びするのだが、それは自分が逆立ちしても得られなかった物が手に入ったから。
実際には逆立ちどころか上空で急旋回急下降だってできるんだけどな。
「それがリザクールにも感じられた……。奇妙な符合だな。チュージ、いいか?」
「どうしたんですだ、ゼロ様」
「ゴブリンプリーストの探知能力というかスキルでリザクールの呪いがどうなったか確認できるか?」
「へぇ、それは可能ですだが、さっきっからもう呪いの力は感じられねえですだよ」
「そうか、という事はロイヤにかけられた呪いも、チュージや俺たちに移った呪いも」
「今はもう感じられねえですだ」
今一度両手を広げて辺りをうかがうような仕草を見せるチュージ。それでも呪いの痕跡は見つからないようだった。
「一段落付いた、という事かな」
俺は食堂の椅子にどっかと腰を下ろし、両手を頭の後ろで組んで背もたれに寄りかかる。
「少しはゆっくりしてもいいか……な……」
そういえば夜通し戦って、歩いていたんだっけ。
目を閉じると急激に睡魔が襲ってきた。目の前が真っ暗になり、意識が泥の中に落ちていくような感覚がする。
「……ロ! ゼロ!!」
なんだよルシル、少し静かにしていてくれないか。俺はちょっと眠りたいだけなんだ……。ほら、頭が、いや耳の奥が少し痛い。休んで痛みを取らないと……。
「ゼロ!! ゼロってば!!」
俺の三半規管がひっくり返る。天地が逆さまになったような間隔の後、背中に強い衝撃を受けた。
「いってぇ、何すんだよ!!」
俺は嫌々目を開ける。足払いの要領で椅子の脚を刈って俺をひっくり返したのだ。
痛みをこらえながら俺は起き上がる。
「耳の奥が痛いっていうのに……痛い?」
敵感知か! 俺とした事が、的の気配に気付かなかったとでも言うのか!
ルシルは俺とは逆の方、館の入り口を見ている。他の者たちも同様だ。
「おや、リザクールの意識が途絶えたと思ったら、こんな所で消されちゃっていたのね」
入り口に立つ赤い髪の少女。歳は俺よりも少し若いくらいに見えるが、官能的なボディーラインに肌もあらわな革鎧を身にまとっている。
「この圧力、かなりのものだ……」
俺に向けられた敵意は、こいつの物か……。
「一番危ないと思っていた奴に昏睡の呪法をかけたというのに、術を破られてしまったようだね」
「ほう、俺を一番脅威と思ってくれているのか。それは正解かもしれないぞ」
肌にビリビリとくる殺意。なんて暴力的で悪意に満ちた戦意だろうか。
俺はゆっくりと剣の柄に手を伸ばす。革手袋の中で汗がじっとりとにじむ。
「俺が気圧されている……だと?」
赤髪の少女の瞳が金色に光る。その瞳孔が、縦に割れていた。