銀の効力
ほうほうのていで逃げようとするリザクール。びしょ濡れの状態で足を引きずりながら森の奥へ進もうとしていた。
「変身できる程体力が残っていないのか濡れているからなのかは判らんが、煙となって逃げないのなら好都合」
「だね」
俺とルシルはゆっくりとリザクールの背後へと近寄る。
「く、来るなっ! 我に触れるなっ!」
「そうは言ってもな、初めにちょっかいをかけてきたのはお前だろう? 自分が命の危機にさらされたところで命乞いするなんていうのは自分勝手過ぎるよな」
這って逃げようとするリザクールを軽く蹴り上げて仰向けに転がす。
「呪いがあろうがなかろうが……」
俺は仰向けになったリザクールの胸に右足を乗せて押さえつける。
「こうしてしまえば自由は利くまい」
ルシルは水を作ってリザクールを塗らしていた。
「万が一、ね」
「そうだな、効果があるかもしれないからな。それに、岩盤に穴を開けたとはいえその穴からしか逃げられなかったという事は、物質で閉じ込める事は可能な訳だし」
「いいよゼロ、捕まえるとかめんどくさい事はさ」
ルシルは腰の荷物入れから食事用のナイフを取り出した。
「ひぃっ、そ、それは銀のナイフ……!?」
ルシルの持っているナイフを見てリザクールが怯えた声を上げる。
「そう? まあいいわ。これで喉を掻っ切ってあげるから。ゼロ、そのまま押さえておいてね」
「ああ。いつ来るか判らない襲撃に怯えているよりも、根源から絶ってしまった方がいいな」
ルシルは軽くうなずくと、リザクールの喉にナイフを当てた。
「あっ、あああっ!」
リザクールは白目を剥いて口から泡を吐き出す。身体も小刻みに揺れて痙攣しているようだ。
「ちょっ、まだ私ナイフを当てただけなのに!」
ルシルが困惑するのも無理はない。ほんの少しナイフが当たった首筋からみるみるうちにリザクールの身体が黒く変色していく。
「うわっ、気持ち悪っ!」
つい俺も身を退こうとしてしまう。俺が足の力を緩めてしまったその隙に、リザクールがもだえ転がる。
「うがぁ! がぁぁ!!」
獣のような叫び声を上げてリザクールが首を押さえて転げ回った。
「よくも、よくもぉ! 裏切り者のコボルトをかくまう人間めぇ! 銀を、銀を……っ!」
それだけ叫んでリザクールの身体が黒い液体となって爆発する。
「な、なんだこりゃ!」
飛び散ったリザクールの液体は俺やルシルにも付着するが、少し払うと煙のように消えてしまった。
周りの木々にも飛沫となってくっついていたが、それもすぐに煙と共に消滅してしまう。
「なんだこれ、ルシル、逃げられたと思うか?」
「どうかなあ。ちょっとこの弾け方は尋常じゃなかったけどね」
「そうだな、ともかく少し周辺を探索して、奴が見当たらなかったら家に戻ろう。ロイヤたちも心配だ」
「うん、そうしよう……」
すっきりしない幕引きだが、これでマント男の恐怖がなくなればよしとしよう。
「ねえゼロ」
「なんだ?」
ルシルは自分の肩をさすりながら、首の筋を伸ばしていた。
「ちょっと肩重いのよ」
「何言ってるんだ、俺たちは両想いだろ」
ちょっと恥ずかしいがそう言ってみた。
「そうじゃなくて、肩凝りっていうか、肩が重いの」
なんだ、そっちかよ。かたおもいなんて言うから、勘違いしたじゃないか。
「なんだろうなあ、急に肩が重くなった感じがしたのよね……」
不思議そうに首を回しながらルシルが肩をさすっていた。