腐っても勇者です
勇気の契約者。衛士になった時に得たスキル、衛士の契約者の最上位、SSSランクのスキルだ。このスキルは身体能力を爆発的に強化する効果があり、ランクが上がれば体力や運動能力に上乗せされる割合も大きくなる。
「そうか、勇気の契約者が発動していないとなると、俺の基礎能力だけで戦っていたということか。強化がかかっていない状態じゃあ、そりゃあ楽には行かない訳か。だが、それが無効というのはどういうことだ?」
「う~ん、それは私にも判らないけど、最近まではそれまでと同じように戦えていたでしょ?」
耳の奥がまた痛み出す。俺に危機を告げようとして。
「どうやらゆっくり休んでもいられないようだ。追っ手が近付いてきている」
「宿屋にいた時も、敵感知の精度が落ちていなかった?」
「ちょっと調子が悪かったな。人数を読み違えた」
小さな違和感が残る。だが気にしてはいられない。
俺は剣を抜き、ルシルは外套に付いた藁をはたいて取る。
「なんだ?」
小屋の壁を何かが叩く音。
「これは……矢が刺さる音。それに煙……まずい、敵は火矢を撃ってきた!」
「ゼロ、早く扉から出ないと!」
「待てルシル、このまま出て行っても蜂の巣にされるだけだ」
火が小屋の壁を突き抜けてきた。壁の内側も燃え始めて黒い煙が小屋の中に溜まっていく。
俺は近くにある木箱の蓋を開け、ひっくり返す。
中の道具や荷物が散らばって転がる。
「これを使おう」
俺は木箱をルシルにかぶせ口には外套の端を当てさせ、俺ももう一つの木箱をかぶる。そのまま亀のようになって小屋の入り口まで進む。
「ルシル俺の後に続け。合図したら扉を開ける。扉が開いたら木箱をかぶったまま走るぞ」
「判った。いつでもいいわ」
「よし、三、二、一、今っ!」
俺は入り口の扉を開けると、一気に外へ駆けだした。
思った通り、俺の木箱にいくつもの矢が刺さるがうまく盾の役目を果たしてくれている。
「お前らやっちめぇ!」
小屋の燃える音に混じって、離れたところから襲撃者たちの声が聞こえる。
俺は横目でルシルが小屋から出る所を確認して、ハリネズミのようになった木箱を放り投げた。
ジグザグに走りながら襲撃者たちとの距離を縮めていく。雨のように降る矢が、俺の左ももと右肩に刺さる。
だが俺は止まらずに矢をつがえなおしている奴の腕に斬りつけた。
「こいつっ、矢が刺さっているというのに!」
俺の必死の形相を見て襲撃者の何人かが怯む。俺はそれを見逃さずに次々と襲撃者を切り伏せていく。
「王国のために!」
「国王陛下のために!」
襲撃者が口々に叫んで体勢を立て直す。
こいつらも衛士の契約者のスキルを発動させているのだろう。腕の筋肉が太くなり反応も早くなる。スキルの効果が現れ始めたのだ。
確かに能力強化の効果はあるのだがスキルの発動時に雇い主が判ってしまうという点が、襲撃や暗殺には向かないところだ。
「なるほど、契約に縛られるスキルだから、解雇になった俺には発動条件を満たせなかった、ということかな。それにしても王国からの刺客とは、いつかは来るかも知れないと思っていたが現実になって欲しくはなかったよ」
衛士の契約者は誰かに仕えれば獲得できる戦士系スキル。Rランクと低いがそれでも今の俺には面倒なスキルだ。
「まったく、契約というものは困ったものだな!」
それでも俺の剣が、襲撃者の剣を弾き、腕や足の筋を斬って無力化していく。
「だからといって、腐っても勇者だ、楽に勝てると思うなよっ!」