約束の反故
ルシルは真剣な目で俺を見る。裏切るとは……。
「ごめんねゼロ。私たち二人だけで暮らしていこうって決めていたのに……その気持ちを裏切る事になってしまうかもしれない」
「ルシル、それってもしかして……」
ルシルが精神統一をしていたこと。それは恐らく。
「思念伝達で誰かを呼んだ、のか……」
俺の問いに、ルシルは小さくうなずく。
勝手な事をしたと思っているのか、ルシルは目に涙を浮かべながら、じっと俺を見る。
確かに俺たちは世俗を離れて自給自足の生活を行うため、のんびりとこの小屋で暮らそうと決めた。俺たちの暮らしはそれで十分だったのだ。誰に頼るでもなく、自分たちの力だけで生きていく事。
豊かさを求め始めたらきりがない。たもって箱のお陰で俺たちに時間の制限は皆無に等しい状況で、時間をかける事に対しては特に気にならなくなっていた。
だからこそ、ルシルは俺たち以外の者に助けを求める事は極力避けたいと思っていたし、それは俺も同じだったのだ。
「私じゃロイヤちゃんを見ていても何にも役に立たないし、それだったらゼロとの約束を守れなくても、誰かに頼んで……」
俺は話している途中のルシルを抱きしめる。
「あっ……」
抱きしめたところで頭を優しくなでた。ゆっくり、ゆっくりと。
「ルシル、ありがとう」
「え……?」
とても小さいものだったが、ルシルは驚きの声を上げる。
「俺はつまらない決まり事を作ってしまった。俺たちだけで暮らしている時なら気にすることもなかったけれど、今はその状況とは違うよな。ロイヤがやってきた時点でその変化を受け入れるべきだったよ」
「ゼロ……」
俺は言葉に詰まるルシルをなだめるように頭をなでる。叱責される事を覚悟していたのだろう。こわばらせていた身体から力が抜けてきた。
さらさらの髪が手のひらに吸い寄せられるようで、ルシルは俺の動きに身を任せている。
「ルシル、この状況を打開するために応援を呼んだのだろう?」
「……うん」
「そうか、ありがとう。ロイヤを任せられるという事は、お前……」
「うん。チュージに思念伝達を使ってみた」
ゴブリンプリーストのチュージ。神聖魔法も使えて人間の言葉も理解できる希有なゴブリンだ。
「そうか。あいつなら呪いを解けるか、そうでなくとも呪いの進行を抑えられるかもしれない」
「うん、そう思って。ウィブにも連絡を付けて、チュージをここに連れてきてって頼んじゃった……」
「助かる。チュージにロイヤを任せられれば、ルシルは俺と一緒に来てもらえる……よな?」
涙で潤んだ目で、ルシルはにっこりと笑う。
「うん、私にも手伝わせて」
「もちろんだ」
俺の言葉を聞くやいなや、ルシルは力強く俺を抱きしめる。
「私ね、どんな事をしてもゼロと一緒にいたい……」
そんなルシルを、俺は柔らかく抱きしめ返すのだった。