忍び寄る者
俺たちは食事を済ませて寝支度をしてから小屋の外に出た。ロイヤはベッドに潜って静かにしているようだ。
夜も更けてくる。日が落ちてから風が涼しくなったな。
小屋の脇に作ったベンチに俺たちは腰を下ろして夜空を見上げていた。
「今日はもう一枚毛皮を掛けるか」
「そうね、夜は冷えそうだもの」
空の星はどこまでも高く、草の揺れる音だけが辺りを満たしていた。
「ロイヤは?」
「もう寝ちゃったみたい」
「そうか。疲れていただろうに、家具作りなんて無理をさせてしまったからな。ゆっくり休ませよう」
「そうね。ねえゼロ?」
「なんだ」
ルシルの真剣な眼差しが月夜に浮かぶ。
「寒く、なったのか?」
俺はルシルの肩をそっと抱き寄せる。
「ううん、そんな事はないよ。あったかい……」
「そうか」
こんな時、温度変化無効の常時発動スキルが残念に思う。ルシルのぬくもりを感じる事ができないからだ。
だがルシルはそれを知っていても、俺に寄り添ってくれる。
「久し振りに賑やかな一日だったな」
「そうだね……。可愛い子だよね」
「そうか? う……ん、そうだな。コボルトっていう事もあるけど、小さい子犬みたいな感じがするな」
ルシルが小さく含み笑いをすると、肩の揺れが俺にも伝わってきた。
「そっか、子犬ね。そうだね、うん」
「なんだ? おかしいか?」
「ううん、別に……」
ルシルは俺の肩にもたれかかり、ゆっくりと目を閉じる。
「そうだね、こんな日もたまにはいいよね……」
今までが激しすぎたのだろうな。こんなにのんびりとした日々は初めてだ。だから今日のドタバタも前の俺たちからすればたいしたことのない出来事なのだろうが、今の俺たちには忙しい一日だった。
俺の肩にルシルを感じる。
「お前も疲れたんじゃないか、ルシル」
そう問いかけても返事がない。俺はゆっくりと身体をずらし、ルシルをベンチに寝かせてその上から毛皮を掛けてやる。
音を立てずに腰を上げてルシルに手を添えた。
「SSSランクスキル発動、円の聖櫃。ルシルを完全物理防御で守れ……」
ルシルの身体が淡い魔力の膜に包まれていく。
俺に向かって遠くから棘のような物が飛んでくる。俺はその飛翔物を手刀で打ち落とす。
耳の奥が少し痛む。俺に向けられた殺意を敵感知のスキルが感知したのだ。
「シャァッ!」
かすれた獣のような声と共に黒い影が飛びかかってくる。空を飛ぶ小さな生き物だ。
無数の棘と何体もの空飛ぶ影が俺に向かってきた。
ルシルは円の聖櫃で守っているが、相手の攻撃が魔力を帯びていたら役に立たないからな。なるべく来る物は打ち落としていこう。
「キシャァッ!」
影は真っ直ぐ飛ぶかと思ったら急に向きを変えたり上昇したりと軌道が読めない。
手刀を放つが目の前で旋回されてしまう。
「これは手強いな……」
俺の目の前の空から小さな影が突進してくる。俺は口をすぼめて息を大きく吸った。
「ふっ!」
吹き付けた俺の息が小さな影にあたると、その影はバランスを崩して空中で体勢を立て直そうとするが、その一瞬を俺は見逃さずに手刀でたたき落とす。
落ちた塊は翼の生えたネズミのような姿をしていた。
「ん? この翼……コウモリか? だが身体はネズミに近いような気もするが……」
転がったネズミコウモリを足でつつく。もうそいつはピクリとも動かなかった。
「おやおやこれはこれは。この暗闇の中よく我の眷属を捉えたものよ」
小屋の上から声がする。
月を背にして背の高い人間の姿が見えた。
「おい、静かにしないか」
俺は小さな声でその人影に言い放つ。
「女の子たちが起きちまうだろうが」