甘い吐息
俺たちが天幕で休んでいた間にも復興作業は進められていたようだ。瓦礫の山はそれ程片付けられてはいないが大通りや救護所は整備されつつあるな。
建物には大きな被害が出たものの国民は誰一人欠けずに助かったというのも大きいだろう。
「海中でよく寝たというのもおかしな話だが、この海藻でできた天幕は空気の泡を取り込んでくれているからな、中で休む分には十分だったぞ」
俺は隣で寝ているルシルの髪をなでる。長い時間海中にいたからな、髪が少しごわついているけど地上に戻ったら真水でよく洗ってやろうかな。
「あ、ゼロ……。うん、おはよう」
「目が覚めたか? さっき使いの者が俺たちの様子を見に来てな、いつでも宴ができるってさ」
「そう……私はもう少し眠らせて欲しいかな」
「そうだな。どうやらセイレンたちはもう宴会を始めているようだが。ほら、少し音が聞こえる」
宴会場まではそれ程遠くないのだが、水と空気とでは音の伝わり方が違う。かすかに宴会の楽しそうな音が聞こえるくらいだな。
「宴は他の奴らに任せて、俺たちはここにいようか」
「うん」
もう一度仰向けに寝転ぶと俺の腕にルシルが頭を乗せてきた。
潮の香りとルシルの匂いが入り交じって俺の鼻をくすぐる。
「ねえゼロ……」
しっとりとした目つきが俺に向けられた。何かを求めてくるような視線はもう大人の女性のそれだ。
少しだけ開いた唇から甘い吐息が漏れ、その呼吸に合わせてゆっくりと胸の膨らみが上下する。
「今何を思ったの?」
「思念伝達を使えば判るだろ」
「やだ。ゼロの口から聴きたいな……」
まったく……。こういう時のルシルは本当に思念伝達を使っていないのか判らないが、甘える表情がなんとも愛おしく思えた。
「思念伝達で聴かれても困りはしないがな、俺はルシル、お前の……」
顔が近い。話しかける俺の唇がルシルに触れそうな程。
「あーっ!」
な、なななんだよ!?
天幕の入り口から突拍子もない大声が上がった。
「ゼロさん起きたならほら! 行くよ! ルシルちゃんも!」
天幕に入ってきたセイレンが俺たちの手を引いて起こそうとする。
「おいおい、そんな急にだな」
「いいのいいの! 主役が来てくれないとね、盛り上がりに欠けるからさ!」
入り口が開いた事でフローラや乙凪たちも中をのぞき込んできた。
「あ、ゼロ王お目覚めか」
「ゼロさん、参りましょう! 宴は今がたけなわですわよ!」
これじゃあルシルと落ち着いて話もできないが。
「この続きはまた後で、な」
頭をなでる動きのままルシルの頬に手を添える。
「うん」
少し残念そうでもあるが、柔らかな笑みが戻ってきた。
「さあさ、ゼロさん! 早く早く!」
俺たちはセイレンに手を引かれるまま天幕を出た。