閉じた海底
あれからかなりの時間が経ったようだが、それがどれくらいなのか判らないくらい。太陽の動きが判らないから昼と夜の区別も付きにくいしな。
俺は息を切らせながら長大な海底の傷跡を眺める。
「はぁ、ふぅ……。どうにか閉じ込めたか」
「ゼロ、終わった?」
「多分な……」
どうもこういうものは終わりが見えない。敵を排除して終わりという物とは訳が違う。どこまで行っても何をもって完了とするか判断のしにくい所だ。
フローラが落ち着いた地面を押さえながら俺たちの方を向く。
「ゼロ王たちがどんどん固めてくれたからな、俺たちもそれだけ楽ができたよ」
「お前たち海竜の引き寄せる力があってこそ、だよ。なあフローラ、まだ海底をつかんでいないと危ないのか?」
フローラもその母親である炎海竜も海底をしっかりつかんでいて離そうとしない。
「いやなんだ、信じていない訳ではないが……まだ怖くてな。それは母上も同じ思いらしい」
「そうか。ではゆっくりと、地を這わせている先端から抜いていこうか。慎重な動きになる、まずは炎海竜から」
「ああ。母上、どうだろうか」
フローラの問いかけに炎海竜が小さくうなる。
「ゆっくり、ゆっくりでいいぞ」
「そうだな。ゼロ王のいう通りだ母上、焦らずな」
少しずつ炎海竜が力を抜いていく。這わせていた根を引き抜く時に海底がほんの少し揺れて土煙が上がる。
「菌に冒されて身体の制御もままならないだろうが、それでも気を使ってくれているのか。一気に引き剥がすと海底への衝撃がかなりのものになるだろうからな」
「ゼロ王、それは長年海底を守り続けた炎海竜の矜恃だろう。それは俺とて同じよ」
「そうか、やはりお前たちも慎重にならざるを得ないか」
まあその間俺も少し休ませてもらおうか。そう思ってから俺の意識が少し飛んだらしい。
「……ゼロ、ゼロ」
「ん、どうしたルシル。俺、少し気を失っていたか?」
「海の中で大いびきかいている所だったよ」
いびきだって!?
「そんなにか!? どれくらい寝ていた?」
「それでも数分くらい?」
「そっか……。あ、そうしたら呼吸が」
「それなら私が押さえていたから大丈夫だったけどさ。ゼロにしては珍しく魔力をほとんど使っちゃったみたいね。もうヘロヘロだったよ」
う、言われてみればそうかも知れない。少し間が空いたらこんなざまだ。
「それもこれも、妾たちを救ってくれたからじゃな。礼を言うぞ」
そう声をかけられて振り向いてみると、素敵なお姉さんがいるじゃないか。美人ではあるが少し人間離れしているような容姿……あ、耳の近くに魚みたいなエラがあるのか。
「妾はプレアリー。炎海竜のプレアリーじゃ。我が娘が世話になりました。そして妾も」
「ああなるほど、炎海竜の人体化か」
「なんじゃ驚きもせぬのか」
「フローラも前にやっていたからな、姿を変える事ができるくらいでびっくりしないさ」
他にも身体変化をやってのける奴は何人も見てきているからな。
「それは何よりじゃ。妾も先程体内を浄化してもらったものでな、全盛期とまでは言わぬがそれなりに回復はできたようじゃ」
「ルシルに治癒をしてもらったのか。それはよかった。ではフローラも……」
確認しようとしていた所で、奥から光が見えた。
長々と伏せていたフローラの身体も小さくなっていき、人間の姿へと変化していく。
「母上!」
フローラが駆け寄り、プレアリーが受け止める。
「フローラ」
二人の海竜は互いの存在を確かめ合うように抱きしめ合っていた。
「フローラも手を離せたという事は」
「うん、もう大丈夫みたいだね」
深く刻まれていた溝は埋まり、海底はこれでつながったという訳だ。
「種族間や立場上の溝も埋まればいいのにな」
「ん、何か言った?」
「いや別に……。海底が収まったとすると、さてどうなるかな」
何気なしにセイレンを見る。彼女も身体変化で人間の姿になった一人だが、セイレンはもうマーメイドの身体には戻れないらしいしな。
「竜宮、か……」
【後書きコーナー】
ご覧いただきありがとうございます。誤字脱字報告をご連絡いただき、お礼申し上げます。
長々とやっていました海底シリーズ、海溝が埋まりました。人や社会ではいろいろな溝ができます。これも埋まるといいなあと思いつつ、でも個性があるから差分が生まれて溝ができるのだから、溝そのものは必ずしも悪ではないと、なにか哲学的なことを考えてみたりもします。
そういうコンセプトを作品に生かせると、奥深い物語になるのかもしれませんね。
竜宮王国の話にもつなげていけたらいいなあ。
今回ようやく炎海竜である母の名前が出てきました。
フローラが花畑っぽいニュアンスなので、草原を意味するプレアリーなんて言う所で落ち着いた感じです。
安直すぎて草不可避とか、そんな事を思ったり思わなかったり。
実はこの母、元々のプロットでは菌にやられちゃって命を落とす予定だったのですが、今作としてはこっち陣営のメンバーはなるべくお涙頂戴で殺すのはやめようと思いまして、今の所生きています。これからはどうするか判りませんけど。
そういった所も含め、ご意見ご感想いただけると嬉しいです。
それではまた~。