大軍の傷痕
俺とルシル、ゴブリン含めて総勢十人の大所帯で山を進んでいる。木を避けて草をかき分け、沢を通れば小川を渡り、とにかく太陽の動きを見ながら本拠地へ向けて進んでいく。
「方向としてはこっちで合っていると思うんだがなあ」
「そうね、ガレイの町でアボラ川の支流がまとまっているから、ずっと進めばあのコロホニーさんがいた国境の街道に行けるわ」
「あのじいさんと双頭の蛇のいた検問所か。元気かなあ、俺たちを通した事で王国から変な圧力をかけられていなければいいけど。いずれにしても今は王国の外にいるはず。流石にゴブリン連れで王国内は歩けないだろうからな」
ゴブリンたちはルシルの指示に従ってチーム分けをしながら行動を共にしていた。
役割分担を明確にしてやれば、それなりの精度で仕事をこなしてくれる。
獲物の捕り方、水の探し方、道の作り方などは、流石山や森で生活している者だけあって役に立ってくれた。
「おや?」
小川の近くで人為的に木が切られている場所に出くわす。
「ルシル様、ここ見てください」
ゴブリンの中でも知識があり支配階級にもなることがあるゴブリンプリーストのチュージは、共通語も話す事ができる希有なゴブリンだ。
そのチュージがルシルに何かを見せる。
「蹄の跡。それもたくさん……。ねえゼロ、これって」
「軍隊、だな」
異様な形で森が切り開かれていたから俺もおかしいとは思っていた。谷に沿って沢が続いているが、その近い場所の木々が切られ、人の通った跡が残っている。
「その先の少し広い場所には兵たちが休んだ形跡もあるな」
その数からするとかなりの大部隊のように思える。
「こんな山奥をこれだけの人数で進むというのは尋常ではないな。近隣諸国への侵攻を考えたとしても不意打ち狙いか。平坦な道はこれ以上の大軍隊が進んでいて、こちらが遊軍という可能性もある」
「ゼロ、この近くに軍が通ったとすると、街道沿いの私たちの家って……」
確かに。考えまいとしていたがやはりその想像は捨てきれない。
「本拠地の近くまで来ていればいいのだが、こうなってはゆっくりもしていられないか。山の中にゴブリンたちの居場所をとも考えていたが」
「ゼロ様、おいらたちの事は気にしないでくだせ。あそこの工場で死んでいたかもしれないおいらたちです、なんならゼロ様たちのお役に立ちますよ」
ゴブリンプリーストのチュージが胸を叩いて自信ありげに笑う。
「それはありがたいな。戦闘は俺に任せてくれればいいが、その他のいろいろな事は俺よりも得意な者がいるようだからな、頼まれてくれるか?」
「はい、何でも言ってくだせ!」
チュージの調子に合わせて他のゴブリンたちも元気な雄叫びを上げる。
その中の一人が何かに気付いてチュージとルシルにゴブリン語で話しかけた。
「ゼロ、あっちの方向、物が燃えているにおいがしたって!」
指さす先には煙などは上がっていなかったが、敏感な嗅覚がそれを察知したのだろう。
「よし方角を案内するように言ってくれ。何があったのか確かめに行く!」