たもって箱
重箱のような物を乙凪がルシルに差し出す。その黒光りしている滑らかな塗装、縦横に掛けた飾り紐。見るからに高級そうで品がある箱だ。
「これ、たもって箱です。ルシルさん……えっと、あの頃伝え聞いていますのは確かバイラマさんと伺っていましたが」
「ああ、そういう事ね。うん、それなら合っているかも。バイラマはこの身体の元々の持ち主。だから姿形は変わらないんだけど……って、バイラマが来たのはいつ? あなたのお母さんの頃っていうと」
「そうですね、ざっと三百年くらい前の事でしょうか」
うわ~。バイラマの奴、そんな昔に竜宮城へ来た事があったのか。あいつの事だ、実際三百年前に来ていたかは判らないが、それでも海底の国にまでとはな。以外だった。
「それで乙凪ちゃん、この……たまって箱?」
「たもって箱ですよルシルさん。このたもって箱は、竜宮城で長時間滞在された方へのお土産としてお渡ししていますの。今回は皆様まだそれ程長くはご滞在なされていませんのでお土産としてのたもって箱はお渡ししないのですが、ルシルさんには以前バイラマさんにお渡しそびれたこれがございましたので」
「そうなんだ。でも私だけもらっちゃうのは悪いかな」
ルシルは自分が滞在した訳でもないのにバイラマの分をもらうには抵抗があるらしい。
「まあバイラマのとはいえ今はルシル、お前の物なんだから、このまま預けっぱなしという訳にも行かないだろう」
「そうだね、別にもらうのが嫌だって訳じゃないんだけど、どうも気になって……」
こういう時のルシルの勘はよく当たるからな。
「なあ乙凪」
「はい」
ここは素直に質問をぶつけてみよう。
「この中身って何だ?」
「えっと……その」
怪しいな。言い淀む辺り、怪しい。怪しすぎる。
「乙凪、それを教えてもらわないと俺たち……」
「ちょっとゼロさん」
「なんだセイレン」
急にセイレンが割り込んで俺の腕をつかむ。少し驚きもしたが、どうしたというのだ。
もしかしてセイレンも元は竜宮の姉王女だったマーメイドの娘。母親から聞いて知っているのかも知れないが。
「ここは一旦もらっておいて、ね?」
「金銀財宝でも入っているのか? それにしてはかなり軽いようだが」
「この箱には決まりがあってね、竜宮城の中では箱の中身を教えてはならないのよ」
「そうなのか? まさかこの箱の秘密を暴くとマーメイドが鯛や鮃になってしまう呪いがかかっているとかそういう類いの物か?」
「そこまでじゃないけど……ね、一応決まりだから」
他の奴ならお土産と聞くと中も確かめずにホイホイ喜んでもらってしまうのだろうが、念には念を入れてだな。
「判った、好意を無下に断るのも悪いからな。これ以上は聞かない事にしよう」
俺はたもって箱を受け取ると海藻の縄で厳重に縛り腰にくくりつけた。
「一旦俺が預かっておく。まあ地上に戻ったらルシルに渡すよ」
「判りました。でしたらゼロさん、たもって箱は決して開けてはいけませんよ」
「ほう、開けてはならない箱なんぞ、やはりもらっても意味はないのではないか? まあいい。そんな事で押し問答をしても仕方がないからな。ここは承知したと言っておこう」
「ありがとうございます」
乙凪は素直に頭を下げて礼を言う。まさにその時だった。
「なっ、この揺れは!」
「海底地震……それも結構大きいよゼロ!」
「竜宮城が、危ないっ、皆城から出ろっ! 今すぐ出るんだっ!」
俺の怒鳴り声も竜宮城の崩壊する音と合わさって大音声となり響き渡る。
それよりも大きいのは大地が揺れる音だ。
「炎海竜はっ、大丈夫だったんじゃないか!? どうなんだフローラ!」
「そんな事言われても俺も判らないよ! 母ちゃんが、母ちゃんが心配だ……」
フローラは人間の姿から元のドラゴンに戻って海底火山の方へと泳ぎ出す。
「待て、いやフローラ待たなくていい! 俺も後を追う! セイレン、乙凪、竜宮の皆を退避させてくれ! この城は却って危ない!」
「え、でもゼロさんは」
「俺はフローラを追う! 炎海竜に何かがあったに違いない。ルシル行くぞ!」
「うん!」
俺たちは竜宮城事をセイレンたちに任せてフローラの後を追った。
【後書きコーナー】
お読みくださりありがとうございます。結構続いて564部にもなりました! お~。
再度話に出てきましたたもって箱。はい、これはもう玉手箱ですね。中には何が入っているのかって、勘のいい皆様にはお判りになってしまっているものかと思います。
はい、多分そうだと思います。だとしたら違った中身だと面白いですね。
そういえば浦島太郎のお話、太郎が鶴になって乙姫と結ばれるっていうラストがあるとかないとか。乙姫が仙女っていう話もありますね。そもそも竜宮城が仙界だったとか。
そうなると昔話も、異世界転移ストーリーって事……ですよね!?
なんて解釈を交えつつ、それではまた!