膨満感
俺たちは小さなドラゴンのフローラを道案内として洞窟の中を進んでいく。洞窟といっても実際には炎海竜の腹の中なのだが。
「炎海竜って面白いな」
「なんで?」
俺のつぶやきにルシルが反応してくれる。
結構な距離を歩いているように思えるが、炎海竜は海底の奥の奥まで行ってもその果てが見えないくらいの長さだ。感覚的には何日歩いているのか判らないくらいの錯覚がある。実際には腹の減り具合から、そう時間は経っていないのだろうとは思うが。
「蛇……あいやドラゴンか」
フローラが威嚇の声を上げるので言い直した。
「ドラゴンの腹の中だと一本道だと思ったんだが、いろいろと脇道があるんだな。それが小部屋みたいになっているのも興味深い」
「そうだね。いろんな消化器官とかにつながっていたりするみたいだからね。穴があってもあまり入って行かない方がいいみたい」
「だなー。さっきなんか道ばたに落ちていた魚が脇道から出てきた液体でドロドロにされていたからな」
「怖いよねー。私たちも気をつけなくちゃ」
そんな他愛のない会話を続けていた俺たちだが、急に地面の揺れが発生して立っていられなくなる。
「な、何だこれは!」
「すごい揺れる~!」
壁に手をつきどうにか踏ん張って、俺につかまっているルシルやセイレンを支えた。別に床に手をついてもいいんだが、かがんでしまうととっさの行動に移れなくなる。
「来たか」
「ゼロ、敵!?」
「ああ。この揺れを逃さずに襲ってくるつもりのようだな」
剣を抜くいとまもなく進行方向から何かが飛んできた。
「Rランクスキル発動、凍結の氷壁! 飛来物くらいこれで受け止めてやる!」
案の定飛んできた物は俺が作った氷の壁に阻まれる。透明度の高い氷だ。ぶつかった物が壁越しにも見えるってもんだ。
「こ、これは……色、粘度、そして独特な臭気……」
「やだぁ!」
「汚物だな!」
「うんちでしょうんち!」
「ルシル~、妙齢の女の子がそんな事を口にしてはいけないぞ」
「うんちなんか口にしないよ! もうゼロ、絶対通さないでよね! 私に付けないでよねっ!」
「動物の糞なんぞ気にするか。幾多の戦場ではらわたと腐敗の臭気に接している俺からすれば、糞ごときで後れは取らん!」
「う、そう言ったらそうなんだけどさ……」
ここは水がほとんどない。これが水中だったら糞も分解されて辺りを漂っていたのだろうけど。
「まあ大丈夫だ。ルシルの前には凍結の氷壁を張って置くからな」
「うん、ゼロありがとう~」
「セイレンもルシルと一緒に隠れていろ」
「そうする。ゼロさん気をつけてね」
「ああ。それでだフローラ」
フローラはさっきから俺の左肩に乗っている。人差し指くらいの大きさだからな、しっかりつかまっていないと落っこちてしまいそうだ。
「お前は構わないか?」
「何がだ?」
「このまま糞に突撃をかけるが」
「えっ!? あ、ああ……まあいいや。行ってくれ」
「そうか。なら力一杯しがみついていなよな! Sランクスキル発動、風炎陣の舞! 炎の渦で飛んでくる汚物は消毒してやるっ!」
ほら見ろ、俺の放つ炎で前方から飛んでくる物は瞬時に燃え尽きているぞ!
「ゼロ、待って、それだと氷が溶けちゃう!」
「大丈夫だ、炎を直に浴びている訳じゃないんだから、俺の凍結の氷壁はもってくれるさ! それにもうそっちには灰しか飛んでこないからな!」
「灰だっていやだよ~!」
わめくルシルは放っておいて先へと進もう。ゆるい水の塊みたいな汚物も俺の炎で焼き切ってやる!
「うわっ、おいお前、あんまり焼きすぎるなよ!」
「何だ、母親の身体が気になるか?」
「これくらいじゃ俺の母ちゃんは痛くもかゆくもないけどよ、こんなに火を出すもんだから腹が膨らんできたぞ!」
あ。閉鎖された空間で水分を蒸発させた訳だ。
「ちょっと、燃やしすぎた……か?」
「その前に息が苦しくなってくるよ……」
「しまったな……やっぱり腹を引き裂いて外に」
「あほかっ!」
フローラが俺の顔に飛びかかって小さな手でビンタを食らわした。
「そうか、あんまり汚物を焼く前にこの先の奴をやっつけないとな」
「早くそうしろっての!」
走るその先閃光の浮遊球に浮かび上がった人影が見えた。
「こいつが……」
両手に持っている物は……。