海溝をつかむ
数百年溜まった海底の澱。それが炎海竜を苦しめている元凶とこの小さな蛇は言うが。
「要はあれでしょ、数百年の便秘って事でしょ?」
「ルシル、容赦ないな」
「だってそうでしょう。言葉を飾ってもしょうがないし、便秘で苦しんでるのは可哀想かも知れないけど、それで海底王国が滅んでもいいって訳にはいかないじゃない」
「そうだけどさ、だとするとその糞詰まりをどうにかしてやるって話か?」
「う~ん」
うんだけに、か。いや何でもない。
ちょっと蛇にも聞いてみるか。
「おい子供蛇よ」
「なんだよ!」
「お前が海底を支える訳にはいかないのか? お前もドラゴンだって言うんだろう」
「なあ人間よ、お前海溝って知ってっか?」
なんだよ、質問に対して質問で返すなんて言葉のやりとりができない奴だな。今時の子供はみんなこうなのか?
「まあなんだ、話には聴いた事がある。海の中の……何千メートルも、もしかしたら何万メートルもある深い谷だとか」
「そうだ。地上の生き物にしてはよく知ってんな。その海溝、あれは代々の炎海竜が代替わりする時にできた海底の地割れだ」
「ん?」
引き継ぎ?
「俺が母ちゃんから役割を受け取ったとして、俺が地面を支えられるようになるには早くても百年はかかると思う」
「百年なんてあっという間じゃない」
え? セイレンが割り込んでくるのは構わないが、その時間感覚ってのはどうなんだ。
なんだかルシルもうなずいているようだし。
「いやいや百年って結構な時間だろう」
「そう? あたしたちマーメイドにとってはそう長い時間でもないけど」
「え、じゃあルシルはどうなんだよ」
「魔族の感覚からすると、ちょっと長いけどそんなに……かな」
しまった、こいつらの時間感覚は人間とは別物だった。俺にとって百年っていったら結構な長さ、だいたい生きていられるかどうかっていうくらいだっていうのにだ。
「まあいい。じゃあ引き継ぎまで百年かかるとして、その間海底がどんどん割れていくって事か?」
「いや、俺が地割れを押さえるまで百年もかかっていたら、もう海は真っ二つに割れちまうよ」
「え、そうしたら今ある海溝って」
「一時間、いや十分くらいかな。代替わりにかかった時間で裂けたものだ」
「なにっ!」
そんな短い時間の代替わりでそれだけの深さの谷が海底にできるって事か!
「そんなんだから百年も待ってられないんだよ! 今母ちゃんが死んじゃったら俺が地面をつかむ前に……」
「世界が終わる、か」
ルシルもセイレンも事の大きさに驚いている様子だな。
「ねえ子供の蛇さん」
セイレンが小ビンの中にいる蛇、いやこいつも小さいながらドラゴンか。そいつに話しかけるのだが。
「だったらその澱をどうにかしたら、お母さんも暴れなくなるのかな?」
そうか、セイレンは母親を亡くしている。ドラゴンとはいえ親子をここで引き裂く事が忍びないのかも知れない。
いい奴だな、セイレン。
「そうなんだよ、だから俺が母ちゃんの腹の中に潜り込んで、そいつをやっつけようとしたんだ!」
【後書きコーナー】
いつも応援ありがとうございます。
急に海溝の事が出てきまして、今日はその海溝の話を少し。
最近では東京海底谷とか、近場の深海をテレビや新聞などでも紹介されていますね。そして太平洋には大陸棚に関係する海溝も多数存在して、それが日本近海にも存在します。
地震を引き起こす原因ともされていて、プレートの動き、マントルの動きなど惑星の生命活動とも言えるものでしょう。
大地にあらがうという事にもなるのでしょうけれども、海底が引き裂かれないように誰かが押さえている、そんな無茶をするにはどれくらいのパワーとサイズが必要なのかな、といったのが今回のイメージです。
マリアナ海溝とか日本海溝とか、そんなのを広がらないようにつなぎ止めるとか、創作ならではのスケールですね。
ブクマ、評価が励みになっています。引き続き応援いただけると嬉しいです。
それでは~。