捕らえた小さき者
俺が蛇に手を伸ばすと、案の定噛みついてきやがった。
「炎海竜に、仇なす、人間めっ!」
「噛みつきながらわめくとは威勢がいい蛇だな。小さいのに」
「う、うるへー!」
人差し指くらいしかない大きさの蛇だ。その牙もたかが知れていて、革手袋ですら貫通できない。
要するに、ちっとも痛くないって事。
「はいはい」
俺はあえて手を出して噛まれるようにしてやった。こうすれば逃げ出して勝手にちょろちょろされるよりも楽に捕まえられるってもんだ。それに軽くつまんでやれば簡単に引き剥がせる。なんて事はない。
「ぎゃーっ、何すんだこのやろー! 放しやがれー!」
「わめくなうるさい」
ルシルが渡してくれた薬ビンを受け取る。中は空だ。
「ありがとうルシル」
「どういたしまして」
受け取った小瓶にこの小さな蛇を突っ込んでその上から布を被せる。細い紐で布の上からビンの口をぐるぐる巻きにすれば。
「ほれ、立派な牢獄のできあがりだ」
「きーっ! この腐れ人間がー! お前なんか俺が丸呑みにしてやって腐った木の実とまとめてクソにしてやんぞ! 聞いてんのかコラ――!」
「うるさいだけじゃなくて口も汚いな。まったく親はどういう教育をしているのだ」
「うるへー、母ちゃんの事を悪く言うなー! このへっぽこやろうがー!」
「少しは黙ってろよ」
軽く小ビンを振り回せば、中の蛇は右へ左へと大騒ぎだ。
「でもさ、この蛇の殺意って」
「ああ、敵感知は発動していた。それもかなり強力にな」
「という事は……」
「こいつは本気で俺を殺そうとしていた、という事になるな」
俺の言葉を聞いてセイレンが噴き出しそうになっていた。
「ぷっ」
「なんだセイレン」
「え、だっておかしいじゃない。こんなちっちゃいのがゼロさんみたいな大きな人を殺そうだなんて……」
「いや、笑ってやるなよ。これでも奴は真剣だったし、ひとたび間違いでもあれば俺も殺されていたかもしれん」
「まさかぁ……あ」
セイレンも気が付いたようだ。俺の手袋がドロドロに溶けてずり落ちたのを。
「それ……」
「ああ。強力な酸だろうな。胃の中を通ったから酸には警戒していたが、この量でこれだけ強力な物は初めてだ。だが命を懸けた戦いをこいつは挑んできた。こいつの持っている最大限の武器で。だから俺は捕らえたとしても笑いはしないさ」
「そっか……ごめん」
「いいさ、これは俺のこだわりだ」
小瓶の中で蛇は目を回して倒れている。指で小ビンを弾くと中の蛇が気を取り戻したようだ。
「お、俺……」
蛇のキーキーいう甲高い声は布で覆われているから少しは落ち着いただろうか。
「一つお前に聞きたい事がある。この巨大な蛇の中に住んでいたお前ならと思ってな」
「俺は答えねぇぞ人間!」
「まあそう言うな。俺たちはここから出ようと思っている。この蛇の腹を突き破って」
「何だって!」
「いつまでも中にいられないし、元々俺たちは海底火山を起こしたりするこいつを倒しに来たんだからな」
「な、なな……」
小さな蛇があからさまにおののいているな。
「お前たちが、母ちゃんを……!?」
「母ちゃん?」
「そうともさ、ここは母ちゃんの腹の中、炎海竜は俺の母ちゃんなんだよ!」
え?
炎海竜はどこまででも続いていそうな海底に、それこそどこまででも根を張っているような奴だ。
生き物であれば子供がいてもそれはおかしくないが、その子供がこの小さな、俺の人差し指くらいしかない大きさの蛇だとでも言うのか?
「それとも血のつながっていない親子とか」
「ゼロ、何かの集団の一員という事もあるよ。私見た事ある、地母神の信者が神の事を母と呼んでいたの」
「うーん、いったいどうなっているんだ……。まあともかく俺たちはここから脱出するためにだな」
小ビンの中で蛇が体当たりをしてくる。
「やめてくれ! 母ちゃんを殺しちゃ駄目だ!」
「まあお前の気持ちも判らんではないが、これだけ暴れて世界を騒がせているんだ。悪いが討伐するからな」
「違うんだ、殺しちゃ駄目なんだ! 母ちゃんを殺すと……」
殺すと?
「世界が終わっちまうんだ」
【後書きコーナー】
応援ありがとうございます! ブクマ、評価いつもありがとうございます。
さあ、爆弾発言が飛び出した今回ですが、次回ではどうなりますやら。
ちょっとここで小休止、お名前なんだろなのコーナーです。
(そんなのなかったけど)
すぐに出て、あっという間に消えてしまった燐波衆。まあこれはお判りかと思いますが、リンパ球ですね。そのまんまですね。
体内環境ネタで攻めてみました。身体の中に入ったら、外敵を攻撃しにくるっていうので登場してもらいました。まあ、別な何かを思い浮かべちゃったら失礼しました。
気が付けば550話突破して、毎日更新続けているんですね~。
これからもお楽しみいただけると嬉しいです。