道案内と避難
そもそもが竜宮の女王についての系譜が面倒くさい事になっているんだ。
先代の女王に二人の娘がいた。姉王女は竜宮を出奔して王国を去った。妹王女が後を継いで女王になった。それが今の竜宮の女王だ。
そしてその王女たちには娘がいる。姉王女の娘はセイレン、妹王女の娘は乙凪。
「母上、あたしの力では炎海竜を抑える事ができませんでした……。申し訳ございません」
「セイレンお姉様……」
セイレンは天を仰ぎ、乙凪はそのセイレンを支える。乙凪の視線がセイレンに熱く注がれ、セイレンはその眼差しに……。
「ゼロ、何を考えているの?」
「い、いやなにも。うん、竜宮の権力闘争の事についてだな、そのなんだ、まあこれからどうしようかという事だよルシル」
急に話しかけるものだから少し驚いてしまったぞ。少しな、少しだ。
「それでだ、まあお前たち一旦は矛を収めろ」
俺が間に入って牽制すれば周りの連中もおいそれと手は出せないだろう。
「ここ最近の話を整理すると、乙凪が竜宮からいなくなり、それを追って竜宮の戦士たちが捜索に出かけたという事だな。そしてあわよくばセイレンも亡き者にしようと企んでいたと」
「う、うむ……、時を同じくして海虎の民が武力反乱を起こすという情報が入ったからな、それで……」
歯切れの悪いポセイだが、俺の理解は間違ってはいないようだな。
「だが竜宮の戦士と言ってもセイレンどころか配下の海虎の六将にも勝てないときたら、どうしようもないがな。まあいい。それはともかく、竜宮は炎海竜の動きは認識していなかったと?」
「ああ、さっきも言ったが炎海竜なんてのはおとぎ話でしか出てこない。それが何だって今に……」
なるほどな、竜宮は危機意識が薄く戦力としても心許ない。
「乙凪、お前は竜宮城に戻って万一の時に備えてもらいたい」
「わたくしが、ですか」
「そうだ。今竜宮をまとめられるのは乙凪、お前しかいない」
「なぜわたくしなのです。セイレンお姉様に竜宮へ戻っていただいてお母様、いえ女王様に説明いただければきっと」
「いや、セイレンには炎海竜への道案内を頼みたい。俺たちだけでは炎海竜がどこにいるのかすら把握できていないからな」
「そんな!」
乙凪はセイレンに抱きついてその身をかばおうとしている。健気だなあ。
「セイレンお姉様はこんなに怪我をなさっているのですよ! それをまた炎海竜へ近付けようと……」
「Sランクスキル発動、重篤治癒。これは俺の使える治癒魔法で一番威力のあるスキルだが」
俺が手をかざすと淡い光がセイレンを包み込む。怪我程度ならこれでどうにかなるだろう。支えがいるとはいえ意識もあって立って泳げる程度だったら俺のスキルで十分だろう。
「あ……傷が……痛みが……」
「セイレン……お姉様」
「乙凪、ありがとう心配してくれて。でも大丈夫、もうあたしは乙凪に寄っかからなくてもこうして泳いでいられるよ」
ほらな。ピンピンしている。
これなら初めっから回復させてやるんだったな。
「セイレンは炎海竜と遭遇して生きて帰れた。だとすれば戦闘に加わらなければ大丈夫だろう。それよりも心配なのは竜宮の方だ。戦力的にな」
「それだったら……サフラン!」
海虎の六将か。あいつらも気を失っているというか戦線離脱をしていたからな、少し体力が戻ってきただろうか。
「はっ、セイレン様」
大丈夫そうだ。元気、とまでは行かないが海底からゆっくりと上昇してきたぞ。
「サフラン、お前は乙凪の護衛として竜宮へと赴け。竜宮の者に手出しはするなよ」
「はっ。それでは我ら六将、サフラン、カクタス、エクリュ、ショコラ、ライラック、スミレ、海虎の民、軍勢全て率い竜宮へと向かいます」
「うむ」
海虎の民を全て避難させるという事か。
「よろしいか、竜宮の乙凪姫」
「構いません。いえ、わたくしからもお願いしたい所です、六将殿」
「よろしく頼みます」
あ、忘れてた。
「ポセイ、お前たちも乙凪に従って竜宮に戻ってなよな」
「と、当然だ! 俺たちは姫をお守りするのが第一だからな!」
「そうそう。竜宮の戦士たちもまとめて引き上げ……じゃなかった、竜宮城の守りにつかせるといい」
「もちろんだとも!」
「海虎の民には手を出すなよ、いいな」
「そ、それはだな……」
「乙凪からも一言頼む」
無理矢理俺は乙凪の手を引っ張ってきてポセイたちの前に連れてきてやる。
「な、海虎の民の安全をお前の口からも保証してやってくれ」
「判りました。戦士たちよ、そのように頼みますよ」
「ははーっ!」
「お言葉のままに!」
こうまで言われてしまっては飲むしかないだろうな。
これで後顧の憂いもなくなったという事だ。
「俺とルシル、セイレンで炎海竜の所へ向かう。他の者たちは海虎の民も含めて全員で竜宮城へ避難しろ。いいな!」
俺の掛け声で周りの連中から一斉に雄叫びが上がる。
「さて、ドラゴン退治だ」