ポーションの威力と知力
ブレンダが一人奮戦する。私兵連中には互角以上に渡り合っている様子を見て俺は戦う相手を変更した。
私兵たちではなく、頭上で高みの見物を決め込んでいる侯爵だ。
「ええい、者共何をしておる、相手はたかが女と子供ぞ、数で押し潰せ!」
確かに俺は大人ではないがそれでも勇者だ。王者の契約者が常時発動している状態だけでも軍の一部隊くらいは簡単に殲滅できるだろう。
「しっかりせんかぁ!」
ブラドが手に持っていたナイフを投げる。その先にはゴブリンを解放しているルシルがいた。
「危ないっ!」
セシリアがレイピアでナイフを弾き飛ばす。
「あ、ありがとうセシリアさん」
「なあに、それが俺の役目だ。勇者ゼロから託された、な。だからルシルも役目を果たすといい」
「うん!」
ブラドがルシルたちを気にしている間に俺は天井近くの足場に跳んだ。
「なにっ! どうやってここまで上ってきた!」
まあ普通はそうなるよな。足場までの高さは三メートルくらいだろうか。この程度であれば助走を付けて跳べば無理な高さではない。
「こ、こっちに来るな……、我は戦いを好まんのだ、な」
「だが戦いは好きなのだろう? 自分が傷つかない戦いは」
「しょ、しょんな……。我は戦を嫌っているのだ、だからこうして回復の手伝いをしようとポーションをたくさん造って傷付いた兵士たちを癒やしているのだよ、うん」
どうやら階下ではブレンダがあらかた私兵たちを片付けてしまったらしい。
「そうか、戦うことは苦手か。それならば見届けてやる、自決して果てろ」
俺は短剣をブラドの足下へ投げてやる。
「こ、これで……?」
「そうだ。爵位を持つほどの器量があるのならば矜恃を見せてみろ」
ブラドは短剣を拾おうとするが手が震えて何度も落としてしまう。
「あわ、あわわ……」
どうにか両手で短剣をつかみ、刃に映った自分の顔を見てまた震え出す。
「さあ、どうした」
俺の声で冷静になったのか、ブラドは握った短剣を俺に向けた。もう震えは止まっている。
「は、ふぅ……。この王国に仇なす愚か者よ、この手で成敗してくれるわっ!」
無謀にも突進してくるブラドを俺は少しだけ身体をひねって躱す。たたらを踏んで前のめりになるブラドの足を払ってやると、物の見事に足場の上でひっくり返ってしまった。
持っていた短剣で足を切ってしまったようで、うめき声を上げながら傷口を押さえている。
「ひぁ、ひぃ……痛い、足ぃ……」
涙をこぼしながら右手で傷口を押さえ、左手は上着のポケットを探っていた。
「これ、これこれこれぇ!」
取り出したのは小さな瓶で、中には赤い液体が入っている。
ブラドはその蓋を歯で咥えて取ると、一気に中の液体を飲み干した。
「ぶっひゃぁ、傷が、傷が癒えていくぅ! ばひゃひゃひゃ!」
確かに今まで血が出ていた足の傷が瞬く間に消えていく。流れ出ていた血の痕と切られたズボンだけが、傷を受けた印として残ってるだけだった。
「あびゃびゃびゃびゃ!」
よだれを垂らしながらブラドが立ち上がる。
「確かに傷は治っているようだが、頭の方は悪くなったようだな」
「あびゃら~!」
俺に向かって飛びかかってくるブラド。狭い足場だ、多少狙いが悪くとも命中しない方が難しい。
俺は一つ大きく跳躍して天井の梁をつかんでぶら下がる。
「あひゃっ?」
俺という目標が見えなくなりブラドは辺りを見回す。俺は手を離して足場へ降りる直前でブラドに蹴りを入れた。
「ぼひゃ~」
意味の成さない声を上げてブラドが足場から落ちた。三メートル程度の高さだ、受け身を取ったり足から落ちれば命を失うことはなかっただろう。
だがブラドの落ちた先には、私兵たちの持っていた棘付きの鉄球が転がっている。
その鉄球に頭から突っ込んだブラドは、辺りに頭の中身をばらまいて生命活動を停止した。
「流石のポーションでも頭が潰れちゃあ回復はできないだろうな」
足場から飛び降りた俺は返事をしないブラドを見て独り言をつぶやく。
俺はルシルが解放したゴブリンたちに危害を加えないことをルシル経由で伝えてもらい、他に捕らえられている者がいないか確認してもらう。
その俺の背後に、邪悪な気配が感じられた。