海中大投擲
マーマンたちは俺の目の前に集まって頭を下げる。
それどころか魚の下半身を器用に使って座り込んだりもしているじゃないか。
「恥も外聞もかなぐり捨てて、姫の奪還に協力して欲しい!」
いや、かなぐり捨てすぎだろお前ら。
俺の強さは知っているからまた姫を連れ帰るのに俺の力を借りたいというのは判るが、それにしても都合がよすぎる。俺たちを閉じ込めていた時は海虎の連中とつながりがあるとか思っていたくせに。
「礼ならたっぷりする、な? そうだ、竜宮城の宝だ! たもって箱っていう箱があるんだ。それをお前たちにやるから、な?」
たもって箱? なんだそりゃ。
何にせよ俺はルシルに伝言を頼まなくちゃならないらしい。
『思念伝達でこいつらに伝えてくれないか』
『たもって箱が何かって?』
『じゃなくて、お前たちには矜恃というものはないのかと』
『ないんだと思うよ。でもそれは兵隊としては美徳なのかも知れないよ』
己を持たないという事は逆に言えば臨機応変に動けるという事だからな。変に自分のこだわりを持って柔軟さを欠く判断しかできない奴に比べると、こいつらの方がその場その場で正しい判断をしているのかもな。
『聴いてみたけど、矜恃なんて持ってないってさ』
案の定か。それどころか敵視していた俺にすらすがりつくとか、相手の事をまったく考えていないよな。
『俺は気に食わん。俺は俺の判断で決める』
『じゃあどうするの?』
『どうせ俺たちは外部の者だ。この争いに首を突っ込む必要はない』
『ほっといて帰る?』
『いや……』
よし、マーマンが手にしていた三つ叉の槍を奪い取ってみるか。
「わっ、何を……ひえっ!」
なんだ、驚きすぎだろう。
『ゼロ、槍なんか奪ってどうするのよ。もしかしてこいつら殺しちゃう?』
ルシルも物騒な事を言うなあ。流石は魔王だ。
『まあ見てな……って!』
思い切り三つ叉の槍を投げる。マーメイドたちが逃げ去った先、だいたいの目星を付けていた所へだ。
マーマンたちがポカンとアホ面をさらしているぞ。
「凄い……槍が回転して矢のように飛んでいく……」
「流れ星みたいだ……海の中で空の星なんて見えないけど」
「流星……流星槍だ! これを流星槍と呼んで末代まで語り継ぐぞ!」
槍を投げただけだがこいつらの反応が過剰すぎる。
『ルシル、ついてこい。槍の刺さった所を見に行く』
『判った』
俺とルシルは上昇するために海底を蹴り上げて泳ぐ。魚のヒレ程じゃないけど泳ぐのには慣れ……って、え!?
『Rランクスキル海神の奔流っ!』
またルシルがスキルを発動させて水を噴射しやがった! いてて、俺の腕を引っ張るなよ!
『あばばばば!』
『口閉じてないと竜神の鱗取れちゃうよ~』
のんきに言うなよっ!
水の抵抗ってかなりあるんだぞ!
『速い、もう見えてきたよ!』
『お、思ったより近かったな』
俺たちの進む前には腕から血を流しているマーメイドとそれを支えるようにして泳いでいるマーメイドの集団だ。
『乙凪もいるな』
『そうだね』
集団の中心には竜宮の姫、乙凪の姿もあった。
追いつくためにマーメイドを槍で狙ったんだが、上手く足止めできたみたいだな。
「くそっ! あんな距離から槍を当ててくるとは……」
「よし、カクタスの手当てをしつつお前たちは退却しろ」
マーメイドたちが騒がしくなる。戦闘態勢を整えようとしてるのだろう。
「我はここでこやつを食い止める。行けっ!」
「でもライラック、そなた一人では……」
「行くのだサフラン! 我らの使命は竜宮の姫をセイレン様の元へ連れ帰る事! さあ行け!」
ライラックとやらが他のマーメイドを先に進ませて一人残るようだな。
『どうやらこいつが殿になって俺を防ごうと』
『売られたケンカは?』
『もちろん買うさ!』
ライラックの武器は両手に持った短槍。二刀流というかこれだと二槍流かな?
ようし、剣を抜いていっちょ揉んでやるか!
『揉んでとかって、ゼロちょっといやらしいよ。仮にも相手の上半身は女の子なんだから』
いやいや今はそんな事言っている場合じゃないでしょうルシルさんっ。