鯛や鮃の舞い踊り
竜宮城、それは海底深くに築かれた巨大な要塞。
海溝の深く、奥深く、日の光も届かないような深淵の闇の中に浮かぶ夢幻城。
「とかって書いてあるな、この看板」
「すごい推してくるね……」
きらびやかな門をくぐった所にある立て看板には竜宮城の説明が事細かに書いてあった。
もう冒頭の部分を読んだだけで俺はお腹いっぱいだよ。
「それにしても宮殿の中に空気が充満しているとは思わなかったぞ」
「呼吸もできるしお喋りもできるからありがたいわ」
宮殿の中はどのような仕組みになっているのか判らないが空気があった。俺たちは乙凪から竜神の鱗を借りていたから呼吸には困らなかったが、やはり空気があれば何かと助かる。
それに足下には膝下くらいまで水があるから、空気がある状態でもマーマンたちは動きやすいようだ。そこは完全な魚のように水の中でしか活動できない生物とは違うようだな。
「ポセイ」
お、乙凪がマーマンに何か話しかけている。会話に割り込んでしまっては悪いから黙って聴いていよう。別に気になって聞き耳を立てている訳ではない。
断じてない。
「ゼロさんに竜宮城の説明を」
「はい、姫」
マーマンの一人、ポセイは俺とルシルの目の前で振り向いて両手を広げていた。大仰でわざとらしい。自分を大きく偉く見せようとしているのだろうな。
「これは陸の生き物用の施設なんだよ」
「海の中なのにか?」
「その通り。俺たち竜宮の民は数百年に数える程だが、陸の生き物を竜宮城へ招き入れる風習がある」
「数百年に数度か」
「ああ」
それはかなり長い話だな。そんな長い事陸の者を連れてくるかどうかも判らない設備をよく維持できるものだ。
「もちろん俺たちが普段暮らしている町にはこうした空気の塊は置いていない。俺たちは水の中でも息ができるからな。ふふん」
なんだかこういう時ばかりはマーマンが誇らしげに胸を張るな。まあいい。
「そうか、わざわざ陸に住む俺たちのために空気を用意してくれるなんてな、ありがたい事だ」
「そうだろうそうだろう。これも代々続いている女王様の寛容なお慈悲の心あってのものだ。お前たちはその女王様のお心に感謝するがいい」
「はいはい」
「判ればよろしい」
俺は生返事で返したのだがポセイたちは俺の嫌味を受け取ってはいないようだ。また鼻高々に息巻いている。
まあ御しやすいと言えばそれまでだがな。
「今回は乙凪姫を救ってくれた事もあってな、お前たちを歓迎するように女王様から仰せつかっているんだよ」
「ほう、女王様がねえ」
周りを見回してみるが、立て看板にあった通り日の光は届かないようだが、光はそれなりに浮かんで見える。どうやら海中で小さい虫みたいな奴が光っているようだった。
小指の先程の大きさだが結構強い光を放つんだな。それが何匹も集まっていれば、そりゃあ確かに昼みたいに思えたりもする訳だが。
「それではお客人、どうぞこちらへ」
「なんだかお前みたいなマーマンがそんなに形式張った言い方をすると気持ちが悪いな」
「まあまあそう言わないで、ゆっくりしてくれよな」
「そこまで言うなら……おお!」
俺たちが通された部屋の奥は海とつながっている。海があるというよりは俺たちのいる空気の塊の方が海の中ではおかしいのだろう。
俺たちのいる空気は周りに薄い膜で覆ったような空間だ。つついて割れるような物理的な膜ではなく、円の聖櫃で別れ目ができているかのような感じだった。
その奥の海の中。
「魚が踊っているみたいねゼロ」
「そうだな。魚の泳ぐ姿自体なかなか下から見られないのに、こうして魚を見上げるという経験もなかなか斬新で新鮮だな」
「ほんとだね~」
小さな虫たちの光に浮かび上がる魚影は、その光を反射して竜宮城を様々な色で塗り込めようとでもしているかに思えた。
「これは鯛……あっちにいるのは鮃か」
「お、美味しそうだね……」
「あいや駄目だろう、美味しそうとか言っちゃ……」
「そ、そうだよね、ごめん乙凪ちゃん」
乙凪はルシルの言葉にも機嫌を損ねずにニコニコと笑っていた。できた娘だ。
「折角だ、魚たちの泳ぐ姿を楽しませてもらおうか」
俺の言葉を聞くか聞かないかくらいのタイミングで何かが動く音がする。
「ほう、珊瑚……の、壁!?」
俺とルシルが入った部屋は周囲をとげとげしい珊瑚で覆い尽くされていた。
さっき入ってきた廊下も、珊瑚の扉で封鎖されている。
「おいおいどういう事だ。冗談にしては笑えないな」
珊瑚の扉越しに向こうへいるポセイたちに聞いてみた。いったいどうしたんだ。
「お前たちは姫が現れた場所にたまたまいただけだ。俺たちの捜査があったから姫はこうして竜宮城に帰ってくる事ができたんだ」
「おいおい、それとこれとがどうつながっているんだよ」
「まだ判らないのか? これだから陸の生き物は」
脳みそまで魚のマーマンに言われたくねえな。
「海虎のセイレンと親しくしていたお前たちだ。それを俺たちが黙って見過ごす訳には行かないだろう?」
まさか……。ここは宮殿の中とはいえ、もしかして……。
「だからお前たちにはこうして牢に入ってもらった、という訳だよ!」
こんな宮殿に呼ばれて魚たちの踊りを楽しんでいく場合じゃなかったという事か。
「まんまと一杯食わされたな」
「でもゼロ、判っていると思うけど……」
ルシルの言いたい事は理解してる。たぶんな。
「ああ、俺に任せろ」