慕っている従姉を追って
竜宮の姫、乙凪。先代の女王には二人の娘がいて、妹王女が王位を継いだ。その妹王女、今の竜宮の女王が乙凪の母という事。
姉王女はどこぞの男と駆け落ちして竜宮からいなくなり、その姉王女の娘がセイレンという名の娘だ。
セイレンと乙凪は従姉妹の関係にあって、二人とも母親たちの都合に振り回された身の上なんだな。
「乙凪は水、いるか?」
「いただけるとありがたいですが、今は無くとも平気です。王家のマーメイドには水膜防衛の力が備わっていますので、外気に触れるくらいでは乾燥したりはしないのです」
そうは言っても鱗の先が乾いて逆立ち始めているじゃないか。マーメイドの上半身は人間のそれだが下半身、そうだな……肋骨の辺りから徐々に鱗が生え始めて腰の所ではもう完全に魚の身体だ。
「そうか。だがまあ折角持ってきた分くらいは飲んでもらえると助かる」
少し押しつけがましい感じだがな。
「ありがとうございます」
そうは言っても無理していたのだろうな、俺が渡したコップの水を一気に飲み干してしまったじゃないか。
勢いよく飲んだから口の端から一滴水がこぼれて、喉を伝い胸元にたまる。
「なんでゼロの喉が鳴るのよ。ゼロも水飲みたいの?」
「ん、ああ。そうだな。俺も一杯もらうよ」
まじまじと見ていたのがバレていないだろうな……。ごまかすためにも井戸へ行って水を汲んでこよう。
「そういえばさゼロ」
「なんだ?」
「人魚族ってどうやって生まれるんだろうね?」
ブーーッ!
ルシルがいきなり変な事を聞くもんだから口に含んだ水を吹き出しちまったじゃないか!
「ごほっ、ごほごほ……」
「わっ、大丈夫ゼロ!?」
適度な力で背中を叩いてくれる。咳をしながら喉の奥に入った水を押し出してやる。
「何で急にそんな事……」
「だってさ、人魚って上半身が人間と同じでしょ? おっぱいもあるしさ」
「なぜ胸にこだわる」
「問題はそこじゃなくて、母乳だとすれば」
「人間と同じく母乳で育つ……子供を産むって事か」
「うん。下半身が魚だから卵を産むのかなって思ったりしたけど、ほら見て」
「って、ルシル! いきなりマーメイドの服をめくるなよ……ヘソが見えるだろ!」
「その通り。人魚におヘソがあるでしょ」
あ。ルシルの言いたい事が判った。
「胎生、母親のお腹の中で赤ん坊が大きく育ってから生まれる……」
「うん」
「だがちょっと待て、おい乙凪」
「はい、何でしょう」
「お前が竜宮を出た理由は、もしかして」
「ええ、わたくしはセイレンお姉様を捜して旅をしていましたの。竜宮からの追っ手をかわしながら」
くそっ、これだから!
「馬鹿野郎! お前の勝手な行動がどれだけ周りに迷惑をかけていると思ってんだ!」
突然俺が叫び出すから驚いただろうが俺の気持ちは収まらないんだよ!
「お前はセイレンを慕っているその気持ちで行動しているんだろうけどな、王族には王族の、立場と役割……責任ってもんだあるんだよ!」
「ひっ!」
小さな人魚が怯えている……。判っているんだが……。
「ゼロ、そのくらいで……」
ルシルの手が俺の握った拳に触れたお陰で少し心の中の熱いものが小さくなってきた気がする。
だが、それでは魚脳でクソ真面目なマーマンたちが浮かばれないだろう。こんな小娘の身勝手で命を失うなどと……。
「くそっ!」
大きく息を吐き出せ。ゆっくり呼吸して気持ちを落ち着かせよう。
乙凪は怯えて目に涙を溜めている。落ち着け、落ち着け……。
「わたくしは……ドンの者たちに悪い事をしました」
「ああ。お前のわがままで命を落とす者も出たという事だ」
「え?」
乙凪が涙をこぼしながら不思議そうな目で俺を見るじゃないか。
「え?」
どういう事だ?
「ドンの者たちは死んでいませんよ」
「はぁ!? だって見ろよあの黒焦げになった身体、雷に打たれてあんな姿に……」
全身黒焦げのマーマンたち。だがその焦げた身体にひびが入り始めているぞ。いったいこれは……。