姉王女の覚醒
ちょっと肩を揺らせてセイレンの意識を呼び戻そうか。
「セイレン、セイレン!」
「う……あ、人間の人……」
いやまあそうかもしれないけど。
「呼び方はともかく意識が戻ったようだな。今お前に母親の人格が宿っていなかったか」
「いえ、特に問題ございませんわ」
「そうか」
さっきまでうつろな視線で空を見上げていたセイレンとは打って変わって別人のような受け答えだ。
その話し方に違和感を覚えるが、結果としてセイレンが意識を取り戻した所で空の雷雲は霧散したようだな。
そうなるとやはりこいつが……。
「水分は足りているか?」
「結構ですわ。この姿でしたらそれ程水は必要ありませんもの」
言われてみればマーメイドの姿ではなく人間の女の子だ。身体変化で足も人間の形をしているし。
「それならいいのだが、いつまでもそんな格好でという訳にもいかんだろう」
俺がマントを貸してやるが、それでも隙間から見える肌が目の毒だ。
「ゼロ、私の着替えを貸してあげようか」
「頼むルシル。今のお前の服ならセイレンも着られるだろう」
ルシルはもう女の子の姿ではなく背の高い大人の女性だからな。バイラマの残していった身体を使っているのだが。
「服の着方、判る?」
「えっと……」
ずっと海の中で暮らしているマーメイドだ。人間の服なんて初めて着るのだろうな。
「うん、サイズもぴったり、似合っているよ!」
ルシルとセイレンの身長はそんなに変わらないから、そんなもんだろう。
「あ~、でもちょっと胸の辺りがガバガバかもしれないけどね、それは腰紐とかで縛ってくれればいいよ~、うん」
「なんだルシル、変に上機嫌だな。着せ替え人形みたいで楽しかったのか?」
「うふふ。そう思う? そうだと思ったらそれでもいいよ~」
なんだ変な奴だがまあいい。それはそれで服も着たからセイレンを普通に見る事ができるというものだ。
「セイレン、さっきの話に戻るんだが」
「何でしょう」
「お前があの雷を呼んだのか?」
セイレンはどう反応するか。
「さあてどうでしょうねえ。妾はそのような能力は持ち合わせておらぬゆえ……のう、竜宮の戦士殿?」
ん? なぜそこでポセイが出てくるんだ。
「セ、セイレン姫……、元々俺たちの任務にはセイレン姫の殺害も含まれているんだ……。今はもうそんなつもりはない、竜宮には任務を失敗したと報告する。もう俺の手には負えない……」
「くっくっく……」
セイレンが妖しく笑う。この感覚……嫌なものがある。
「マーマン! 逃げ……」
俺は叫ぼうとしたが、それより先に小屋の中が雷撃で白く光る。同時に耳をつんざく轟音。
雷撃だと!? しかも放ったのはセイレンじゃないか!
「なんて事を……っ!」
俺の目の前でポセイが電撃に貫かれて黒焦げになる。
ちくしょう、やりやがった!
「やはりお前、セイレンじゃないな! その母親、海虎の王女だろう!」
殺意を込めた視線を向けるがそれでもひょうひょうとした顔で俺を見やがる。
「竜宮は滅びねばならない……それが妾の成すべき事よ……」
きびすを返したかと思うとセイレンが小屋の外へ駆け出していく。俺も後を追って外に出るが……くそっ!
「どこへ消えやがった……」
辺りを見回すも草原が広がるのみ。セイレンの姿はどこにも見当たらないぞ。
あるのはせいぜい雷に打たれたマーマンたちの死体だけだ。
「ゼロ、どうする」
「このままだと竜宮に攻め込みかねない勢いだったな」
「そうだね」
はぁ……。
もうため息しか出ない。
別に俺はどちらの勢力にも加担しない。俺の国が攻められている訳でもなく、おれの仲間が攻撃されている訳ではないからな。
まあ家というか小屋は破壊されたけど。
「いいさ、放ってお……むぎゃっ!」
また俺の顔に何かがのしかかってくる。いったい何なんだ!
このむにゅむにゅした何かを手で押しのけるか……。
「きゃんっ!」
「んあ?」
また妙な物をつかんでしまったようだ。